【アラスカの大地から】自然に生まれる優しい関係

2015.3.16 16:30

 アラスカには温かい人が多い。胸を張ってそう言える。どうしてそこまでしてくれるのか、という親切を、これまで数え切れないほど受けてきた。知らない人から物をもらったことや、泊めてもらったことも2度や3度ではない。荷物を持って歩いているときに車で通りかかった人が「乗っていくかい」と申し出てくれたこともある。飛行機で隣り合わせただけの人と友達となり、今では彼の家に山ほどのキャンプ道具を保管してもらっている。

 日本であれば施す側が躊躇(ちゅうちょ)してしまうほどの大きな親切を、アラスカの人たちは普通にしてしまう。困っている人を助けるのは当たり前という感覚なのだろう。厳しい自然環境で生き抜くため、助け合うことの重要性を実感しているからだという人もいるが、すっかり文明化された現在のアラスカでは説明がつかない。温かい資質を持った人が集まるからなのか、それとも雄大な自然がその資質を育てるのか。いずれにしても優しい人が多いのは確かであり、嫌な思いをした過去を思い起こすこともできない。

 ≪「お金より他の人を助けて」≫

 数年前にこんなことがあった。エンジン付きのゴムボートを運転していたときのこと。大海の真ん中で突然エンジンが止まってしまった。無線で沿岸警備隊に連絡をするも、電波の状態が悪くらちがあかない。しばらく交信を試みていると、遠くから白い船が近づいてきた。

 無線を聞いていたという年配の夫婦が助けにきてくれたのだ。彼らは船から伸ばしたロープで僕のゴムボートを引き、僕がキャンプをしていた無人島まで連れて行ってくれた。

 その後キャンプをたたむまで数時間を待ってくれ、さらにはキャンプ道具を船に積み込んで町まで送ってくれたのだ。

 僕のためにほぼ一日を費やしてくれた。かかったガソリン代も少なくはない。もったいないほどの親切を受けた僕は、言葉や態度だけでは気持ちを伝えきれないと、いくらかのお礼を渡そうとした。ただ彼らは頑として受け取ってくれない。そしてこう言ったのだ。

 「お金などいらないから、君は困っている他の人を助けてあげてくれ」

 かの地の親切の連鎖はこうして保たれているのかもしれない。(写真・文:写真家 松本紀生/SANKEI EXPRESS)

 ■まつもと・のりお 写真家。1972年生まれ。愛媛県松山市在住。立命館大中退、アラスカ大卒。独学で撮影技術やキャンプスキルを学ぶ。1年の約半分をアラスカで過ごし、夏は北極圏や無人島、冬は氷河の上のかまくらでひとりで生活しながら、撮影活動に専念する。TBS「情熱大陸」で紹介される。著書に「原野行」(クレヴィス)、「オーロラの向こうに」「アラスカ無人島だより」(いずれも教育出版株式会社)。日本滞在中は全国の学校や病院などでスライドショー『アラスカ・フォトライブ』を開催。matsumotonorio.com

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