爆笑! 趙治勲さんの人生相談 乾ルカ

2015.4.1 18:30

 【本の話をしよう】

 私が若いころに勤めていた某職場は、なんといいますかおおらかというか緩いところで、事務員5人の事務室では、勤務時間中でもテレビをつけていることが、さほど珍しくありませんでした。もちろん、にぎやかで娯楽的な内容の番組はさすがに避けられていましたが。

 よく流れていたのが、春夏の高校野球、相撲。そして将棋や囲碁のタイトル戦中継。タイトル戦は本当によく見ました。職場には、定年退職後の再雇用で事務員になった男性が二人おり、彼らがチャンネル権を握っていました。

 当時はNHK BS放送が始まったばかりで、他のチャンネルはもちろん、NHK BS自体も番組はあまり充実していませんでした。なので、タイトル戦中継は、今とは違って番組の尺も長く、変化のない盤面、長考する棋士の姿が延々と映し出されていました。

 そのころの私は囲碁将棋にまったく興味がなく、当然囲碁のルールも将棋の駒の動きも、一つも知りませんでした。ですので、最初は正直「つまらないものを入れているなあ」と思っていました。

 でも、その思いはある日変わりました。

 変えたのは、囲碁棋士の趙治勲さん。彼の長考姿は独特でした。マッチ棒をポキポキ折りながら考えていたのです。座布団の周りに散乱する折れたマッチ。そんな自分が折ったマッチのことなどまったく意に介さず、ひたすら深く考えにふける姿。なんだこの人は、と目が離せなくなり、そして美しいと思いました。

 趙治勲さんは私に、人が考えている姿は美しいことを教えてくれた方です。

 人間味あふれる答え

 その趙治勲さんが出されている本でお勧めなのが『お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室』(日本棋院刊)です。第2巻も出ています。

 囲碁に関する著作は多々ある趙治勲さんですが、実践的な本は囲碁を打たない方、まるで興味のない方にはお勧めしづらいです。けれどもこの『お悩み天国~』は、どなたが読んでも面白いと思います。『週刊碁』に掲載されたコーナーをまとめた書籍ですので、囲碁に絡んだ質問は多いのですが、それでも大丈夫。試しに私より囲碁に興味のない姉に読ませてみましたが、好感触でした。

 「夫が部屋を片付けなくて困っている奥様」「結婚したい五十一歳未婚男性」「方向音痴を治したい女性」等々。2巻では「AKB48の中で誰が好きですか?」と尋ねる高校生、親に隠れてビールを飲んでみた中学生の「まずくてびっくりしたのに、大人はどうしてこんなものをおいしそうに飲むのですか?」などといった質問もありました。

 それらに答える趙治勲さんがまた、ユーモアたっぷりでウイットに富んでいます。私は棋士として対局する趙治勲さんの姿しか知りませんでしたので、非常に驚き、そしてますます好きになりました。質問によっては、自分の体験をまじえてときに自然と、あるいは意図的に回答が脱線していくこともあったりするのですが、そのそらし方がまた見事なのです。

 往々にして人生相談というのは重くなりがちです。人生を相談するのですから、当たり前といえます。テレフォン人生相談というラジオ番組がありますが、家族で乗っている車の中に重い質問が流れてきて、空気が凍った思い出が幾度もあります。しかしこの本はタイトルどおり『お悩み天国』であり、『爆笑人生相談』なのです。肩ひじ張らないなにげない質問を読んで、こんなことで悩んでいる人がいるのかと頬が緩み、次にその悩みに対する趙治勲さんの、人間味あふれる答えに笑ってしまうのです。

 と書きましたが、実は質問の中には「子育てで悩んでいます」というような、普遍的なものもあったりします。のびのび育てたいと思いつつも、子供が興味を持つものについ口を出してしまう…といった感じです。このような相談にも、趙治勲さんはけっしてユーモアを忘れず、説教調にもならず、読んでいて「ああ、この回答良いなあ」と、すとんと胸に落ちるような答えをされています。

 また、質問の合間に収録されている「ひとりごとコラム」という、趙治勲さんの思ったことが好きに書かれているコーナーも、人となりが垣間見えて、なんとも読ませる内容です。二十年前、あのマッチを折っていた人はこんな方だったのかと、私は認識を新たにしました。

 父の囲碁の相手

 いっとき私は囲碁が強くなりたかったです。私の父は囲碁を打ちました。かなり強かったです。父は定年退職後、車で10分ほどの場所にある福祉センターまで、毎日のように囲碁を打ちに行っていました。その父が高齢になり、もし車の運転ができなくなったら、父の唯一の趣味とも言える囲碁の相手は誰がするのか。私がしなくては、と思ったのです。

 残念ながら私は頭が悪く才能もなかったので、父の相手にはなれませんでした。趙治勲さんが初級者向けに書かれた『ひと目』シリーズを繰り返し読めば、違ったような気がします。こちらも今から読んでみようかな…。(作家 乾ルカ、写真も/SANKEI EXPRESS )

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『森に願いを』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室2」(趙治勲著/日本棋院刊、1000円+税)

閉じる