【試乗インプレ】エコカー全盛のいま、宝くじを買ってでもレクサス「RC F」が欲しくなるワケ

 
レクサス「RC F」。サーキットもいいが、こういう落ち着いた風景も似合う

■高性能スポーツカーにしか出せない魅力とは

 みなさんはレクサスの高性能スポーツクーペ「RC F」をご存じだろうか。もしかすると、とくにモータースポーツに興味のない人にはあまり馴染みがないかもしれないが、自動車ファンの間では「気軽にサーキット走行を楽しめる日本のプレミアム・スポーツカー」としてよく知られた存在だ。このクルマに初めて乗ったのがちょうど1年前。静岡県の富士スピードウェイで時速240キロを出したときに、「これはレーシングカーなのでは」と錯覚するほどの衝撃を肌身で感じた。しかしだ…。エコカー全盛時代に逆行する5リッターの大排気量マシンを日常生活で乗りこなすのは、ちょっと無理があるのではないだろうか。一般道では扱いづらくて不便を感じるのではないか。今回、再び試乗する機会を得たので、いろんな疑問と期待を抱きながら、その実用性と魅力を探ってみた。そこから見えたこととは-。(文・カメラ 大竹信生)

 RC Fの「F」が持つ意味

 RC Fはドライバーの腕に関係なく、一般道からサーキットまで誰でもシームレスに楽しめる究極のスポーツカーとして開発され、2014年10月に販売開始した。車両価格は約1000万円。かなり悔しいが、自虐的に言えば、我々のような一般サラリーマンにはまず縁のないクルマだ。

 今のうちに断わっておくと、RC Fは同じ日に発売したスポーティークーペ「RC」をベースとしているが、中身はほとんど別のクルマ。見た目は双子のように似ているが、エンジンや足回り、空力などレクサスのスポーツ部門「F」グループがすべて専用設計した高性能マシンなのだ。RCの約2倍のプライスタグが付いているのも頷ける。

 ちなみに「F」とは、レクサスが車両開発の拠点とする富士スピードウェイの頭文字。RC Fのように車名に「F」が入ることは、サーキットで鍛え抜かれた最高峰の技術がびっしりと詰め込まれていることを意味する。とくにRC Fはレクサス・モータースポーツの顔として、「SUPER GT」など様々なレースに参戦しているのだ。

 異次元のハイパワーエンジン

 さっそく、そこまで拘って作り上げた至極のマシンを公道で走らせてみよう。ブレーキペダルを踏みながらスタートボタンを押して5リッターV8エンジンを始動すると、普段はまず聞くことのないド派手なエンジン音が「ブウォン!!」と一発、あいさつ代わりに車内に響き渡る。「この音はただ者ではないゾ…」。通行人が思わずこちらに視線を向けてしまうほどの迫力サウンドだ。車体が「ボォォォー」と小刻みに、不気味に震える感じがたまらない。これぞ大排気量のスポーツカー。クルマ好きならこの時点で一気に“ヤル気スイッチ”が入るはずだ。

 最高出力477馬力、最大トルク54kgmを発生するエンジンは、やはり次元が違った。少し踏むだけでガツンと発進。高速道などで遠慮なく踏み込むと、自然吸気エンジンらしくどこまでも力強く加速していく。思わず「やっぱ速えーな!」と感嘆の声を上げてしまう。5000回転を超えてもピークレスに吹け上がるエンジン音が癖になりそうだが、ちょっと油断するとあっという間に時速100キロを超えてしまうので気を付けたい。本音を言えば「もっと踏みたい。このパワーを解放できるサーキットに行きたい」となる。これだけトルク感に溢れたFR車(後輪駆動)だと、コーナーや急な加速時にスピンする危険性もはらむが、試しに超低速度域から一気に踏み込んだところ、VSC(横滑り防止装置)などの統合制御が瞬時に作動してマシンの挙動をコントロールしてくれた。

 期待が高まるコックピット

 エンジンの次は足回りだが、そこはサーキット走行もできるスポーツカーらしく、かなり硬く絞り上げている。かといって、不快なわけでもない。F専用のサスペンションが、路面の凹凸やショックを一発で吸収するのがよくわかる。究極の走行性能を追求しているからといって、乗り心地を犠牲にはしていないのだ。

 シートはもちろんローポジション。肩の上まで高さのあるバケットシートがきれいに体を包み込む。お尻から足のつま先にかけて路面と水平に近い状態なので、なんとなくフォーミュラーカーを運転している気分。ダッシュボードは直線を基調にしたデザインが印象的で、余計なものを一切省いたシンプルな美しさがある。デジタルとアナログを組み合わせたRC F専用メーターは、ドライバーの心をくすぐる光の演出やグラフィックを用いたインフォメーションが特徴的。上品で雰囲気たっぷりのコックピットに収まると、何かを期待せずにはいられなくなる。

 RC Fは5リッターV8エンジンを搭載していることもあり、最大で3.5リッターV6を積むRCと比較してボンネットの膨らみが大きい。ほかにもデザインの違いを挙げると、RC Fのスピンドルグリルは下半分の末広がりがRCよりも狭い。個人的にRCのグリルはワイドすぎて締まりがないように見えるので、RC Fの“スリム版”は歓迎だ。グリルを狭めた両サイドには、ブレーキを冷却するエアインテークを設けている。前輪のすぐ後ろには熱気を放出し、整流効果もあるエアアウトレットを設置。細部まで計算された空力と各パーツが織りなすラインが実に見事なデザインを生み出している。自動格納式のリヤウイングは、時速80キロを超えるとグイッとせり上がる。ルームミラーにウイングが映り込むたびに、なんだかニヤリとしてしまった。鏡のようにキラリと輝く塗装も高級感に溢れている。このクルマを見て素直に「カッコいい」「雰囲気がある」と思う人は、けっこう多いのではないだろうか。

 退屈なわけがない

 クルマの性能や特徴が浮き彫りとなる高速ワインディングで、様々な走行モードを試す。「エコ」や「ノーマル」は基本的に中低速走行の多い市街地向き。本格的に走りを楽しむのなら「スポーツS+」モードだ。踏み込んだ時のレスポンスが圧倒的に違う。回転数を上げても萎えることのない伸び感。五感を刺激するV8サウンドと操作性。シフトレバーを「M」に入れれば、パドルシフトを使って8速MTで走ることも可能だ。ブレーキ性能も「初めて踏んだ時の衝撃は忘れられないだろう」と思うぐらい強烈に利く。どんなにスピードを上げても、限界までブレーキングを遅らせることが可能だ。

 さらに、後輪の駆動力を最適に電子制御する「TVD(トルク・ベクタリング・ディファレンシャル)」を使えば、スポーティーな走りに一層の磨きがかかり、いろんな味付けのドライビングが楽しめる。ちなみに「スタンダード」「スラローム」「サーキット」の3モードから選択可能だ。

 ワインディングでは「スラローム」がオススメ。ハンドリングの切れ味が増し、意のままにクルマをコントロールしてコーナーを攻めることが可能だ。後輪はキュッと引き締まる感じがあり、グリップの高まりを実感する。なにか車体に一本の太い軸が通ったかのようなソリッド感を覚える。F専用サスと車体剛性の高さも相まって、高速でターンインしてもまったくロールがない。ボディが常に水平を保つので、コーナーで安定感があり、とにかく速い。これで興奮するなというほうが無理。

 TVDを「サーキット」に切り替えると、車体後部がやや沈む感覚があり、後輪が絞り上げられるのがわかる。FR車は高速カーブでテールが外側に流されやすいので、リアを沈めて重心を低くすることで安定感を高めているのだろう。ハンドルは「スラローム」よりも重さが増し、幅255センチ、19インチのワイドタイヤの重みが手に伝わってくる。ドライバーとマシンが融合するような感覚に包まれ、人馬一体の表現がぴったりといった感じだ。ちなみに今回の試乗は神奈川県の大磯町や県央地域の山坂道を336キロ走り、実燃費は6.2キロ/リットルだった。

 素人なりに感じたRC Fの魅力

 こうして様々なパターンで一般道を走ってみると、RC Fが想像以上に扱いやすいことに驚かされる。基本的にどのエリアにおいても限界性能が高いので、ストレスフリーで走ることができる。高速道での合流、坂道、ワインディング、さらには車庫入れなど、何をするにも無理を強いられず、ハンドル操作に集中できるのだ。“じゃじゃ馬”を手なずけようとする努力は一切必要ないので、プロドライバーでなくても違和感なく日常の足として使える。意外だが、トランクルームだって大きなゴルフバッグが2つ入るほど大きい。実用性はけっこう高いのだ。

 このクルマを試乗して率直に思ったことは、高性能スポーツクーペの魅力がたっぷり詰まっているということ。まず一番印象的だったのは、RC Fが「あえて走りに行きたくなるクルマ」だということだ。「楽しいクルマ」「いいクルマ」とは、とくに用事がなくても何かと口実を作ってドライブに行きたくなるクルマだと思っている。もちろん1人でも。そこが2+2シーターの魅力でもある。いま行く必要はまったくないのに、少しでも時間があれば、深夜にコンビニへ行きたくなってしまう。しかも、わざと遠回りして…。みなさんにも、こんな経験があるのではないだろうか。そう、ただクルマに乗りたいだけなのだ。個人的にはトヨタの86がそういうタイプだ。

 魅力はこれだけではない。RC Fはハンドルを握るたびにドキドキするマシンだった。1年前にもサーキットでたっぷり乗ったが、まったく飽きがこないのだ。エンジンを始動するたびに、あの「ブウォン!!」という重低音に胸が高鳴る。日常生活で、クルマに乗るたびに気持ちが高ぶる経験なんて、そうそうないのではないか。いま、そんな気持ちにさせてくれるクルマはハッキリ言って少ないと思う(「1000万円もするんだからそのぐらい当たり前だろ!」と突っ込まれそうだが…)。

 さらにすごいのは、運転をしていない時もすぐにRC Fのことを考えてしまうこと。簡単に言うと中毒性がある。乗っていなくても、自然とRC FのCMソングが頭の中でヘビロテする。そしてまた、乗りたくなるのだ。

 普段使いではその性能を持て余すが、気が向けばサーキットで高速走行も楽しめる驚異的な動力性能を有している。公道では味わえない“非現実”を気軽にエンジョイすることができちゃうのだ。

 高級で高性能、いいクルマに乗っているという満足感や優越感に浸れるのも、ラグジュアリークーペならでは。周りのクルマよりもはるかに低いシートポジション、上質なコックピットに包まれる独特の雰囲気、切れ味鋭いハンドリングなどスポーツカーの醍醐味がぎゅうぎゅうに詰まっている。

 いま、あえてスポーツカーに乗る

 もちろん、RC Fにもネガティブな点はあった。あくまで個人的な見解だが、運転席から4つも5つも目に付く「F」マークは、アピールが過ぎる印象だ。1000万円もするスポーツカーにフット式のパーキングブレーキはどうか。できればホールド機能付きの電動ブレーキが欲しいところ。また、軽量化を図るためだろうが、重厚感のないドアは閉めた時にやや安っぽい感じがする。その割には、TVD搭載車の車重は1800キロオーバー。排気量の違いなどあるかもしれないが、ライバル車のBMW M4クーペより約200キロも重い(!)。1年前にRC Fでサーキット走行をした時、直線の加速力には圧倒されたが、急ブレーキ後のターンインでアクセルを踏み込むと、一瞬もたついて曲がりたがらない印象を受けた。車重が影響しているのは明らかだった。

 とはいえ、この辺はレクサスも改良を重ねてくるはず。昨年発売したスポーツセダンの「GS F」は、細かい部分でRC Fをさらに進化させていると聞いた。エコカーやダウンサイジング全盛のいまだからこそ、時代の流れに逆らってでも乗る価値のある大排気量のスポーツカーがここにある。仕事でなければまったく縁のないクルマだが、宝くじを買うのが楽しみになりそうなぐらい夢を見させてくれるラグジュアリーカーだ。もちろん富裕層にはぜひ試してもらいたい特別なマシン。素晴らしいクルマだからこそ、たとえばフェラーリ328のように「20年後、30年後に“名車”として語り継がれているだろうか」などと期待してしまう。今の日本に本気で高性能スポーツカーを作るメーカーがあることは大変喜ばしい。こうした意識や挑戦が、衰退している「スポーツカー文化」の再建と発展につながるはず。

 とりあえず、本気でジャンボ宝くじでも買ってみようかな。(産経ニュース/SankeiBiz共同取材)

■スペック(試乗車)

全長×全幅×全高(ミリ):4705×1850×1390

ホイールベース(ミリ):2730

車両重量(キロ):1820(※TVD装着のため30キロ増加)

エンジン:V型8気筒DOHC

総排気量(リットル):4.968

タイヤサイズ:255/35ZR19(前輪)、275/35ZR19(後輪)

最高出力:351kW(477ps)/7100rpm

最大トルク:530Nm(54.0kgm)/4800~5600rpm

トランスミッション:電子制御8速AT

乗車定員:4名

車両本体価格:954万円(税込)

メーカーオプション価格:129万1680円