【試乗インプレ】円・楕円にこだわりまくった意匠 ミニ クーパーS クラブマン(後編)
前々回取り上げたフィアット・500や、フォルクスワーゲンのザ・ビートルなど、多くのユーザーに愛されながら惜しまれつつ生産を終了した往年の名車を、イメージを継承したデザインに最新のスペックを盛り込んで現代に復活させる。BMWのミニシリーズもこの手法で作られている。ミニ クラブマンの走りに迫った前回に続き、今回は内外装の魅力について見ていこう。(産経ニュース/SankeiBiz共同取材)
一度見たら忘れない、オンリーワンの外観
オリジナルのミニと比較していつも議論の的となるのはそのサイズだ。全長3メートルちょっと、横幅約1メートル40センチと日本の軽自動車の規格よりさらに小さかったオリジナルに比べ、現行のBMWミニは横幅1メートル80センチと、3ナンバーサイズにまで肥大している。車格がまったく変わってしまったし、最小を意味する「ミニ」という名前にも似つかわしくない大きさと言える。
サイズだけではなく、細かく見ていくと、実はオリジナルミニとディテールは結構異なっており、オリジナルをただ膨らませただけではないことがわかる。しかしながら興味深いのは、それほどに変貌しながらも、仮に車名を知らされなくとも、オリジナルを知っている人なら、恐らく誰もが「ミニ」という名前を頭に浮べるに違いないデザインの妙だ。サイズアップさせてディテールをアレンジしながらも、ミニのエッセンスはしっかり継承されているのだと思う。言ってみれば、似顔絵のようなものか。実物と並べると結構違うのに、絵だけ見せられても、誰を描いたものかすぐにわかるというあの感じ。
ミニのエッセンスは“顔”だけではない
正面から見ると愛らしい幼児の顔を彷彿させる、つぶらな丸いヘッドライトと大きく開いた口のようなフロントグリルの組み合わせは、ミニのトレードマークとも言える特徴だが、不思議なことに、その“顔”が見えない、真横や斜め後ろからの見た目でもミニらしさはしっかり伝わってくるのはなぜだろう。
その要因の一つは、角度の立った前後ウインドウではないかと思う。最近のクルマは空力を考慮してフロントウインドウを寝かせたデザインになりがちだから、ボンネットからキリッと立ち上がるミニのフロントウインドウは、いやでも目に留まる。
それと、地面に対して水平に見えるルーフ。その、ホットプレートの蓋をかぶせたような、古いワーゲンバスにも似た独特の意匠を際立たせているのはサイドウインドウ前上部の形状だ。写真で一目瞭然、ここがはっきりと「角」になっている。こんな窓を持ったクルマは昨今ほとんど見ない。この角は同時に、切り立ったフロントウインドウを強調する役割も持っている。
加えて、フロントウインドウの湾曲が強めなのも、他のクルマと一線を画すレトロな雰囲気を醸し出す。
これらデザイン上の特徴は、派生車種の増えたBMWのミニシリーズのほとんどの車種に共通しており、どれを見ても、ミニっぽさを損なわず、それでいて各車種の個性もしっかり感じられる形になっている。
そんなBMWミニシリーズの中にあって、クラブマンの特徴は、ホイールベースを延ばした長めの全長と、観音開きのバックドアの2点。全長が長くなったことで、やんちゃなイメージのあるミニに落ち着いた大人の雰囲気がプラスされ、前回書いたように走りの穏やかさにもつながっている。観音開きのバックドアは、ただでさえレトロ感溢れる外観をさらに古風に見せており、ひょっとすると、現行のミニシリーズの中で最もオリジナルミニの風情を体現しているモデルかもしれない。
試乗車はメルティングシルバーというガンメタリック風の渋いボディカラーだったが、クラブマンにはこういう落ち着いた色がよく似合う。個人的には、メーカーがイメージカラーとして設定している、えんじ色系統のピュアバーガンディがクルマの持つイメージに一番マッチしていると感じた。
アクセルペダルまで丸い!徹底された円のモチーフ
内装に目を移していくと、キャビン内のあらゆるパーツが可能な限り円、または楕円形で造形されていることに気付く。この円形へのこだわりは徹底されていて、空調吹き出し口や各種プッシュボタン類、シフトレバーの握りなどに留まらず、液晶ディスプレイの外枠やドアノブ、アクセルペダルに至るまで、そこまでやるかと呆れるほどに、どこもかしこも丸い。さすがに液晶画面自体は四角だろうと思ったが、よく見ると、左右が円形にトリミングされている!
ここまでくると完全に機能性を通り越して、デザインのためのデザインになっている。と書くと、過剰で無駄、と思われるかもしれないが、さにあらず。ここからが面白い。これだけ徹底されていると、機能的に必要かどうかという価値判断はどこかに飛んでしまって、その世界観に圧倒されてしまうのである。もちろん必要最低限の機能性はきっちりクリアしているから、「こんな形にしたら使いにくいじゃないか」という不満は出てこない。
形は丸いが、スピリットは尖っている
想像だけれど、ミニのある生活を始めたら、身の回りのものを全部丸くしたくなってしまうような気がする。身に着けるものや身の回りのものの色や形状をコーディネートする、というのは、クルマを選ぶ感覚というよりはファッションを選ぶ感覚に近い。オーナーとなった者のワードローブを一新させてしまうほどの強烈な個性を放つ。BMWがミニで志向しているのは、そういうことではないか。当然好き嫌いはあるだろう。角張ってるほうが好き!という人には受けないし、クルマに実直さを求める人には無駄に高いクルマに映るはずだ。でも、それでいい。この形に込めたメッセージが届く人にこそ愛されたいし、乗る人の心をハッピーにしてあげたい。そんな作り手の思いを強く感じた。
007というよりサンダーバード
ミニの生まれ故郷は英国である。BMWはドイツのメーカーだが、オリジナルミニに敬意を表して、ユニオンジャック塗装のルーフをオプションで選べるようにするなど、英国由来のクルマであることを前面に出してプロモーションしている。
ここで連想ゲームを少し。英国と言ってまっ先に思い浮かぶのは、007(私だけ?)。007と言えばボンドカーだ。オースチン・ローバー時代のモデルも含めて、今までミニがボンドカーに選ばれたことはないが、現行ミニの運転席に座っているとなぜか、ボンドカーのように秘密兵器を搭載した特注車両に乗っているような気分になる。その理由は、スイッチ類の形状にある。
センターコンソールに配された各種スイッチには、トグルスイッチが使われている。トグルスイッチは、30年くらい前はオーディオなどの家電製品にも多く採用されていたが、やがて押しボタンに取って代わり、さらには電磁スイッチに世代交代して、姿を消していった。個人的には、飛行機のコクピット(あるいはスター・ウォーズのファルコン号)の操作盤にたくさん並んでいるイメージがあって、そんなスイッチをパチンパチンと操作しながら運転していると、それだけで気分が上がってしまう。なんと、エンジンのスタートボタンまでトグルスイッチ。しかも、ドアロックを解除し乗り込むと、「さぁ走ろうぜ!」と誘うかのごとく、そのスタートスイッチが脈打つように赤く明滅してくれるのだから、もうたまらない。
言うまでもないが、どのスイッチを操作しても、ミサイルもマシンガンも発射されないし、撒き菱や煙幕も出てこない。屋根を吹っ飛ばして助手席が強制排出されることもないから、安心して家族や彼氏・彼女を乗せてあげてほしい。
くだらない冗談はさておき…ここまで書いておきながら、ボンドカーとはちょっと趣が違うけれど、このテイスト、やはり何かに似ているなと考えてようやく思い至った。円にこだわったポップなデザイン、レトロなトグルスイッチを多用した60年代風ギミック。いかにも秘密兵器が積まれていそうなワクワクする雰囲気。かの英国発の名作マリオネットアクションドラマ、「サンダーバード」の世界観に非常に近い。現行ミニを、内外装のデザインそのままにあのドラマの世界に投入したら…おそらく、まったく違和感なく溶け込んでしまうのではないだろうか。こんなテイストのクルマは、少なくとも現行車種では他に類を見ない。
デザイン優先だが、使い勝手も余裕で合格点
ここまで見てきたように、デザイン優先のクルマではあるものの、使い勝手はけっして悪くない。ホイールベース延長によって、後席にも大人が余裕を持って座れる広さが確保されているし、荷室も意外なほど広くフラットで、詳しくは写真をご覧いただきたいが、床下収納の蓋の構造などから実用性を真面目に煮詰めていることがうかがえる。前席にはBMW譲りの座面長調節機構を装備、アクセルペダルは操縦性を重視したオルガン式を採用…と突出して使いやすいということころまではいかないまでも、各部のユーザビリティーは非常に水準が高く、フォルクスワーゲン・ゴルフ、アウディ・A3、メルセデスベンツ・Aクラス等、他社のライバルと比較しても引けをとることはない。
優劣をつけるものではないが、1点だけライバルと比べて特徴的なのは、外観の件でも触れたフロントウインドウの角度だ。窓が立っているから、前席に座った時の圧迫感が少ない。運転しているドライバーにはそれほど気にならないかもしれないが、助手席に座る人には、この圧迫感の少なさは好感を持って受け入れられるはずだ。
気に入ったら買うしかないクルマ
動力性能、使い勝手はいい意味で無難。必要以上に性能を盛っていないけれど、期待を裏切ることはない。いじわるな見方をすれば、同クラスの輸入車の中で飛び抜けた存在ではない。同価格帯のルノー・メガーヌRSなどと比べてしまうと、歴然と見劣りしてしまってお得感はない。ミニシリーズの強みは、やはり内外装のデザインが醸し出す、唯一無二の世界観だと思う。もしデザインが気に入ってしまったら、他のクルマは自ずと選択肢から外れ、もう買うしかなくなる。造形という点でミニの代わりが務まるクルマはないのだから。(文・カメラ 小島純一)
余談ですが…お互い、ずいぶん立派になりました
ライバル比較のところでゴルフの名前を出したが、取材中の駐車場にたまたま現行のゴルフGTIが駐まっていたので、試しに横に並べてみて驚いた。5ドアハッチバック、前輪駆動、2リッター4気筒ターボエンジン、と基本的な仕様を同じくするこの2台。ミニほどの肥大ぶりではないものの、ゴルフも初代は現行のポロよりも小さかったのが今では3ナンバーサイズ。そのゴルフと、ミニ クラブマンが…ほぼ同じサイズじゃないか!タイヤサイズに至ってはぴったり一致。どちらも、大きくなったよなぁ、とは常々思っていたが、欧州コンパクトカーの代表だったはずの2車種が、仲良く並んで3ナンバーをつけている光景には感慨深いものがあった。
■基本スペック
ミニ クーパーS クラブマン 8AT
全長/全幅/全高(m) 4.27/1.8/1.47
ホイールベース 2.67m
車両重量 1,470kg
乗車定員 5名
エンジン DOHC直列4気筒ターボチャージャー付き
総排気量 1,998L
駆動方式 前輪駆動
燃料タンク容量 48L
最高出力 141kW(192馬力)/5,000rpm
最大トルク 280N・m(28.6kgf・m)/1,250~4,600rpm
JC08モード燃費 16.6km/L
車両本体価格 384万円
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