【試乗インプレ】気分は「プロジェクトX」 トヨタ記念館で自動車産業の奥の間を覗く

 
エントランスホールの中央に鎮座するのは創業者・豊田佐吉翁発明の世界に1台しかない環状織機。日本の機械産業が欧米技術の模倣から脱却したことを象徴する「夢の織機」だ。館内ではレプリカを使った動態展示を見ることもできる。トヨタ産業技術記念館

 4回続けての博物館見学記、最終回は愛知県名古屋市にあるトヨタ産業技術記念館(以下、産技館と表記)を紹介する。前回のトヨタ博物館が、メーカーや国を超えて自動車史を網羅していたのに対し、こちらはトヨタ一色。と言っても、トヨタ独自の技術だけでなく、自動車一般についての知識も深まる展示が魅力だ。トヨタ大好き!な人は言うまでもなく、他のメーカーがひいきの人でも、クルマが好きなら誰でも楽しめる博物館。では早速、館内に足を踏み入れてみよう。(文と写真:産経新聞大阪本社Web編集室 小島純一)

 トヨタは最初から自動車メーカー…ではなかった

 重厚なレンガの外壁に威厳が漂う外観。かつての工場跡の広大な敷地に建てられた産技館は、その立地と相まって入館前から歴史の重みを感じさせる。中に入るとエントランスホールで出迎えてくれるのは自動車ではなく、美しくも変わった形をした織機(しょっき)である。

 自動車メーカーとして、欧米の強豪メーカーと世界トップの座を争うまでに成長したトヨタ自動車。クルマに詳しくない人でも、「トヨタ」と言えば誰しもが「自動車」と連想できるだろうこの一大メーカーが、自動で繊維を織る機械の製造メーカーとして創業したことを知る人はどれくらいいるだろう。

 発明家・豊田佐吉が作った織機を製造販売する会社として豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)が設立されたのは1926年。その7年後に、織機の製造技術を応用した自動車部が設置され、さらに4年後の1937年に自動車部を分離してトヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)が創業する。

 産技館はそんなトヨタの歴史を、各時代に作られた織機や自動車、主要部品の仕組みと開発技術、さらには生産工程までを再現した豊富な展示物でたどることができる博物館。エントランスホールに鎮座していたのは佐吉翁が発明した、世界に1台しかない、極めて独創的な環状織機。日本の機械産業が欧米の模倣から脱し、独自の道を歩み始めたことを示すシンボルとして展示されている。もう、このコンセプトを聞くだけでワクワクしてくる。

 トヨタ博物館は動態保存が特徴の一つだったが、産技館では動態展示物が多いのが特徴。織機や大型の製造機械がダイナミックに動く様子を間近で見ることができるほか、展示物によっては、実際に手で触れて動かすことができるものもある。

 展示棟は大きく「繊維機械」「自動車館」に分かれており、今回は「試乗インプレ」の一環としての取材だったため、自動車関連展示に絞った記事だが、実は織機関連展示も充実している。環状織機(レプリカ)の動態展示だけ見させてもらったのだけれど、静かに回転しながら粛々と生地を織るそのさまに息をのんだ。およそ製造機械のイメージの対極を行くその動きの美しさと作動音の静かさに、発明家・技術者としての佐吉翁の理想が凝縮されているように思えたからだ。

 前置きが長くなった。そろそろ本題の自動車館に移ろう。ここから展示テーマごとに見どころ所を紹介していく。

 等身大ジオラマでタイムスリップ~創業期~

 自動車部としてスタートする以前の準備期までさかのぼって、自動車館の展示が始まる。米国製の自転車用小型エンジンの分析と評価から着手された創業のための準備は、材料研究、エンジンやボディーの開発、試作へと進んでいく。

 当時の様子は等身大のジオラマで再現されている。等身大フィギュアがあえて無彩色なのも、かえってリアルに感じられ、トヨタ自動車の創業期をモデルにしたテレビドラマ「LEADERS リーダーズ」(2014年・TBS)で描かれた場面にタイムスリップして、自分が立ち会っているような不思議な感覚に陥る。

 注釈先読みで理解が深まる~仕組みと構成部品~

 お次は自動車の基本的な仕組みを理解するための展示。普段乗っているクルマが、どんな部品で構成されているのか。それぞれはどのように動き、どんな働きをするのかを手で動かせる展示を交えながら、まさに一目瞭然で知ることができる。

 現代の自動車は、機械部分がボディーやカバーに覆われており、普通に乗っているだけではその仕組みを目で見て知る機会はない(教習所で習ったがもう忘れている)から、ここでしっかり仕組みと部品について学んでおけば、この後の展示を見る際にもより深く理解することができるというわけだ。読書でたとえると、本編を読む前に注釈に目を通しておくような感じ、とでも言おうか。

 エンジン、変速・駆動・操舵・制動の各装置、シャーシにサスペンションなど、すべてむき出しのパーツを様々な角度から見ることができる。個人的には差動装置(ディファレンシャルギア)の動態展示が地味ながら一番興味深く、「コレ初めに考えた人、天才!」とちょっと感動。

 エンジンもいいけどメーターもね!~開発技術の変遷~

 「仕組みと構成部品」で見てきた各技術の進歩・発展の道のりを、各時代を代表する実際の部品で追っていく展示。

 かなりのスペースを歴代のエンジンが占め、それはそれで無論ヨダレものなのだけれど、私は(またしても地味だが)メーターパネルの変遷が面白かった。

 シンプルなアナログ指針に始まり、スポーツカーの流行とともに多連メーターの時代が来る。その後、一気にデジタル&電光表示に振れてから、結局またアナログに回帰する。新しい技術というのは、流行の振れ幅が大きく廃れるのも早いけれど、時を経てふるいにかけられ残ったものに真の価値がある、ということを教えてくれるような気がしたのだ。

 ソアラのデジパネ(写真撮りそびれました)はそのデザインの突き抜け方から「バブルだなぁ」という印象が強いが、速度だけデジタル表示というのは、最近のトレンドであるダッシュボード上のオーバーヘッドディスプレイに適した表示方法だったりもするので、派手なだけでなく先見性があったことにも気づかされた。

 自動車とは奇跡の乗り物と見つけたり~生産技術の変遷~

 「創業期」の展示で使われた等身大のジオラマの展示法をここでも展開。トヨタの記念すべき乗用車第1号「A型」の生産工程がリアルに再現されている。

 報道番組の資料映像などでよく見かける高度にロボット化された現代的なオートメーションの動態展示もダイナミックで目を奪われるが、一番感動したのは創業期の鍛造工程を再現した展示。

 クルマを旋回させるために前輪に舵角を付けるステアリングナックルという部品がある。非常に高い強度と耐久性が求められるこの小さな部品を鍛造するプロセスが、等身大ジオラマで再現されている。

 鍛造というのは金属加工方式の一つで、高温に熱した金属をハンマーなどで叩いて、素材の密度を高めることで強度を増す手法。日本刀を作るときなどに使われる手法でもある。

 現在は完全に機械化されているこの工程も、創業時の1930年代は職人の勘を頼った手作業。ハンマーは機械だが、それを動かすタイミングや相方との間合いなどは完全にマニュアルである。工程は重さの異なる3つのハンマーを使って、少しずつ形を整えていく。すべてのハンマーが動態展示となっていて、「シュポ!ガコン!」と盛大な作動音を館内に響かせながら動く。

 こんな小さな部品一つ作るのにこれだけの人知、手間、労力が費やされているわけで、クルマ全体の部品数を想像しただけで、気が遠くなってしまった。同時に、そういった気が遠くなるような無数の工程の積み重ねの上で完成する自動車とは、あるいは奇跡の乗り物ではないかと感動した次第である。

 トヨタESVなんてクルマあったっけ?~代表車種~

 最後は各時代の代表車種の展示。カローラ、コロナ、セリカにプリウス、セルシオとおなじみの車種がずらりと並ぶが、一際異彩を放つ一台がある。トヨタESV。なんじゃそりゃ?聞いたことないぞ、と思うのも当然。市販車ではなく「実験安全車(ESV)」という研究用の車両である。

 ESV(Experimental Safety Vehicle)というのは、1970年に米運輸省が提唱したクルマの安全技術水準向上を図った計画。この計画の仕様を参考に、日本政府が策定した仕様に則ってトヨタが開発したのが「ESV」というわけ。

 最初から市販を目標とせず実験に最適な形状とした結果、本来カッコいいはずの2ドアクーペながら、えらく不格好。正直、出来そこないフィアット・X1-9にしか見えない。

 しかし、この実験で衝撃吸収ボディや、ESC(ブレーキの電子制御による走行安定システム)、エアバッグなど、衝突事故時の乗員の安全に寄与するさまざまな技術の知見が蓄積され、その後の市販車の装備として実用化、トヨタ車の評価を高めることに大いに貢献した。そういう意味では、もっとも産技館らしい展示車両と言える。

 以上、駆け足で紹介してきたが、記事になったのは産技館のほんの一部。しかも自動車館だけである。繊維機械館もじっくり見て回ろうと思ったら、丸一日は必要かもしれない。

 最後に紹介したESVが象徴するように、自動車館の魅力は普段は目にすることのない自動車産業の奥の間を覗き見られることではないかと思う。たとえるなら、NHKの「プロジェクトX」を立体で見るような感じ、と言ったらおわかりいただけるだろうか。すこぶるディープで、情熱あふれる人々の熱い思いが伝わってくる、素敵な博物館である。(産経ニュース/SankeiBiz共同取材)

■トヨタ産業技術記念館

所在地 愛知県名古屋市西区則武新町4-1-35

開館時間 9:30~17:00(入場受付は16:30まで)

入場料 大人500円、中高生300円、小学生200円、65歳以上無料

※団体や学校行事の場合は割引料金あり。詳しくはこちらを参照。

休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始