【木下隆之のクルマ三昧】知られざる「自動車運搬船」ルポ プロの技に驚嘆だけど…
トランプ米大統領が日米貿易赤字の削減に向けて鼻息が荒いなか、その矛先は日本の主力産業である自動車に向けられて久しい。「たくさんの日本車がアメリカにやってくるのに、日本人はアメリカ車をほとんど買わない」とプンプンなのである。関税引き上げや輸入総量規制を人質に、強権的に譲渡を迫る日々が続いている。
そんななか、偶然にも、スバルがアメリカ輸出に活用している船積み船(自動車運搬船)を見学したので報告することにする。
今回見学したのは、東京湾から荷積みされ、北米東海岸に寄港予定の船。東京湾を出航したら、一旦茨城県に立ち寄ったのちに太平洋の航海が始まるのだ。
◆まるで高層ホテル?
船名は「ヘラクレスリーダー」。全長は199.94m、全幅は32.26m、高さはなんと44.98mに達するという。その数字を聞いてもピンとこないのだが、桟橋で見上げた感覚で言えば、都内の高層ホテルを横に倒して海に浮かべたかのような異様な大きさである。
最大積載台数は、乗用車ならば4900台。デッキは天井高2.10m前後で、12階建ての積層だ、そんな巨大な船のリアゲートが開けられ、ポートに並べられていたまっさらな輸出モデルが次々と積み込まれていくのである。
積み込みは、およそ8名で構成されたグループがひとつのチームとなる。そのうちの7名がクルマのステアリングを握り、整然と等間隔で船に乗り入れていくのだ。残りの1名は1ボックスモデルの運転を担当している。隊列のあとを追い、積み込みが終わったドライバーを乗せてまたポートに戻るというシステムだ。
そのグループが3チームあった。つまり、絶えずどれかのチームが船に向かって走らせていくことになるのだ。その繰り返しである。
その様子には一切の無駄がない。いかにも運転のプロといった慣れたドライビングに感心しきり。クルマに乗り込んだと思ったら、まったく躊躇することなく走り出す。前後の間隔は数mで、次々と船に吸い込まれていくのだ。一切の無駄がないのだ。
◆圧巻の神業、車庫入れならぬ船入れ
もっと圧巻なのは、船内での駐車が神業であることだ。クルマとクルマの前後の間隔は30cm。左右の幅は10cm。接触しそうで見学しているこっちがヒヤヒヤしてしまうほどである。駐車したら別のスタッフが、荷崩れしないように床に固定をして完了である。それを4500台分こなすのである。
感心したのは、船積み前に一台一台スチーム洗車をしていることだ。船積みは港だから塩害も予想される。道中は3カ月にも及ぶ長旅だ。腐食を避けるために、真水で洗車してから積み込むという気遣いである。日本車の品質の高さに貢献しているのだろうと想像した。
そう、そこで思ったのは、これは近い将来自動化が進む分野であろうという予測である。船積みのクルーの運転技能は驚くほど優れている。
だが、自動運転の精度が上がれば、その仕事は人間ではなく機械が代用することになるのだろう。基本的には決められたルートを定められたパターンで繰り返されるわけだから、自動運転にプログラミングさせるのはそれほど困難ではないだろう。往来の複雑な公道よりも、港ははるかに安全な場所だからである。
◆帰りはなんと「空荷」
ちなみに、船積み船が横付けされているポートは、すでに海外であり、取材にあって厳しい事前申請が必要だった。さすがにパスポートの携行は課せられなかったが、そこはまごうかたなき外国なのだ。東京湾だというのに、フェンスの内側はすでにトランプの待つアメリカなのである。
「帰りはアメリカ車を積んで帰港すれば無駄がありませんよね」
そう質問すると答えはノーだった。
「帰りは空荷です。軽くなると船としてのバランスが悪いので、船底にバラスト用の水を積んで航海するのです」
日本からアメリカに輸出されるのは年間約173万台。スバルだけでも34万台がアメリカに陸揚げされる。一方アメリカから日本に輸出されるのは約3500台(2016年新車登録・乗用車。貨物、バス合計)だ。スバルの船積み船1往復分すら日本にやってこない。よしんばアメリカ車を積み込んで帰港することになってもたかが知れている。
スバルはアメリカに34万台を送り届け、アメリカからは捨てられてしまう水だけがやってくるというわけだ。なんとも貿易摩擦の象徴のような気がした。
【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。
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