【木下隆之の試乗スケッチ】“先進技術の塊”アウディA8、デジタルとアナログの見事な融合
場所は東京・港区のホテル、コンラッド東京だった。都内有数の高級ホテルを起点に新型アウディA8の国内試乗会が開催されていた。いつもとはどこかよそいきの気分で向かったのは、ホテルが超高級だっただけでなく、新型アウディA8への期待が高かったからに他ならない。
アッと驚かせるのが好き
というのも、アウディはフラッグシップであるA8に、先進技術をたっぷりと余すことなく注ぐらしいぞという噂を耳にしていたからだ。アウディは「技術による先進」をキャッチフレーズに、常に時代を刺激する。”世界初”が大好きなようで、常にライバルに先んじようとする。アッと驚かせることが好きなのだ。
次世代の環境ユニットがディーゼルエンジンだと世間が騒ぎ立てると、ル・マン24時間にディーゼルを投入、連勝に次ぐ連勝を重ねて技術をアピールしたし、独自のレーザービームライトを装着し、夜間の走行で優位性を披露したりもした。
自動運転が叫ばれれば、条件付き運転自動化であるレベル3を量産車で初めて採用してみせる。そもそもAWDシステムの公道走行を確立したのはアウディクワトロだ。常に時代の先を急ぎたくなるのが、アウディという会社に脈々と流れている思想なのだ。
となれば新型A8も何かやってくるに違いないと期待したくなるのも道理。実際にコンラッド東京からスタートした新型A8は、驚くような近未来感を僕に見せつけたのである。
コクピットに座り、ハッとしたのはやはり、タッチスクリーン式のインターフェイスである。カーナビゲションがあるその位置のモニターは10.1インチ、その下に8.6インチのロアモニターが備わる。ドライバーが正対するメーター内にも、12.3インチのモニターが組み込まれるという周到さだ。
いつかどこかがやるぞやるぞと身構えていたが、やはり先に攻めたのはアウディだったというわけだ。レクサスもBMWもタッチスクリーン化は進めているが、ここまで大胆に徹底してタッチスクリーン化したのは初めてだ。「ほらね、アウディらしいね」。
なれぬ操作にアタフタしながら、ついついほくそ笑んでしまった。
若者じゃないと使いこなせない?
インパネの上下のモニターは、文字入力までできるという。イグニシッョンをオフにしていれば、起動前のスマホと同じでほとんどブラックアウトされたスクリーンである。それがひとたび起動すれば、様々な情報が浮かび上がる。階層をめくっていくと、ほとんどの操作がそこで完結できるという。短時間のドライブでは、機能のわずかしか体験できなかったのはスマホで経験済みだ。これは若い者じゃないと使いこなせないだろうな、と諦めに似た気持ちになったのも事実。それほど現代的なのである。
もちろん無機質なタッチスクリーンではなく、スワイプやスクロールでは微振動が指を刺激したり、点滅したり点灯することで作動を確認できるのだが、それすらも慣れが必要だろう。ドライバーが運転に支障をきたさないものかと不安になった。少なくとも慣れるまでは僕も、走行中の操作はするものではないぞと諦めた。
A8はアウディのフラッグシップセダンである。全長5170mm×全幅1945mm×全高1470mmという堂々たる体躯である。少なくとも長さと幅は世界基準を超える。さらにはプラス130mmのロング仕様も用意されているというから、もはやショーファードリブンといってもいい。つまり、想定ユーザーはシニア層が予想されるはずなのに、ここまでいくか、なのだ。A8の想定顧客が弁護士や医師や、あるいは大会社の経営者なのだろうとするのは古い考えのかもしれない。ミレニアル世代の起業家がターゲットならば納得できる。どこまでも時代に先を急ぎたがるアウディらしいと思わず笑みがこぼれた。
乗り心地は魔法の絨毯
ただし、そんなA8なのに、走りはアコースティックな味わいがある。ドアの閉まる感覚は分厚い木の扉を閉めるときのようにズドンと重厚感を伴うし、エアサスの味付けは魔法の絨毯のようにしっとりとしている。無機質な電気仕掛け一辺倒ではないのだ。
試乗したV型8気筒4リッターターボは、どこまでも静かで心地よい。トルクが強烈だから、内燃機関のエンジンらしくグイグイとトルクを発生する。
アウディとしては初となる4輪操舵は、小回り性を狙っただけでなく、高速域でのスタビリティにも貢献してくれている。アナログにも徹底的に力を注いでいるのである。
驚くほど電気仕掛けでありながら、基本の部分は金属とゴムにガソリンを注いで走っている感覚を残しているあたりが憎い。
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「木下隆之の試乗スケッチ」は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちらから。
木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム「木下隆之のクルマ三昧」はこちらから。
【プロフィール】木下隆之(きのした・たかゆき)
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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