サッカーで町おこしに成功 かつてはタイの最貧県、ブリーラムの挑戦

 
ブリーラム・ユナイテッドのホームスタジアム「Newi-mobileStadium」=タイ東部ブリーラム県

 タイで最もポピュラーなスポーツといえばサッカー。幼い頃から子供たちが将来を夢見てボールを蹴る姿は東南アジアでも見慣れた光景となっている。そうしたサッカーの魅力を通じて町おこしをしようという取り組みが今、タイの全土で広がっている。そのなかで最も成功を納め、最貧県から脱したとされるのが、東部イサーン地方のブリーラム県だ。

 私財34億円投資

 「かつてブリーラム県を訪れようという観光客はほとんどいなかった。ホテルの客室数も全部で400室余り。バンコクと結ぶ飛行機の便数も週3往復だった。それが今では総客室数6000室、飛行機は1日4往復、近い将来は1日7、8便に増便の見通しだ。全てはサッカーチームの誘致と隣接する自動車レース場開場のおかげ。その効果は絶大だ」

 こう話すのは、ブリーラムをホームタウンとするタイプレミアリーグの強豪ブリーラム・ユナイテッドFCの広報担当、スティラック・シィッティサクンルアンさんだ。ブリーラムで生まれ、故郷を愛する若者の一人。「サッカーがなかったら、ブリーラムはずっと最貧県のままだった」と振り返る。そのチームは目下、プレミアリーグのトップを独走中で、3連覇を達成した2015年以来の優勝を目指す。

 チームの誘致は、地元の名士で副首相などを歴任した政治家のネーウィン氏が09年に私財10億バーツ(約34億円)を投じ、当時アユタヤにあったクラブチームPEA(タイ電力公社)を買収したのがきっかけだった。英プレミアリーグの強豪レスター・シティのオーナーとも知己の関係にあったネーウィン氏。ノウハウをサッカーの先進地に求め、徹底した改革を行った。

 選手の育成からクラブ運営、マーケティングに広報戦略。それを一元的に束ねるのではなく、地元の若者にどんどん権限委譲をしていった。こうした戦略は若者の郷土愛とも通じることになり、自然発生的にスタッフが集まり、サポーターが編成されていった。現在のチーム最高経営責任者(CEO)は30歳代の地元出身者。アウェー(敵地)での試合には大型バスを連ねて遠征し、一丸となって声援を送る姿は圧巻の一言に尽きる。

 ホームスタジアム「New i-mobile Stadium」(3万2000席)は11年に竣工(しゅんこう)。欧州の施設のような造りと設備を持つ“超一級”のスタジアムで、国際サッカー連盟(FIFA)およびアジアサッカー連盟(AFC)からともに「グレード1」に指定された。芝生は豪州から輸入し、水管理など維持管理には配慮を徹底している。その一方で、試合のない日にはブリーラム県民に無料開放し、グラウンドの大切さと一体感を実感してもらっている。

 株式公開も視野

 地元からの圧倒的な支持を得て始まったクラブ運営も順調に軌道に乗った。現在のクラブ収入はリーグ中2位。チケット、グッズ、スポンサーの各収入が拮抗(きっこう)する理想的な経営内容で、サポーター向けウエアの販売は1年で70万着にも上る。「将来の株式公開も視野に入った」とスティラック氏は明かす。

 隣接地には、ネーウィン氏が同様に私財を投じて開設した国際レース場「チャーン・インターナショナル・サーキット」(5万5000人収容)があり、集客面で相乗効果を引き起こしている。1週4.55キロのレース場は世界最高ランクでF1レースの開催も可能だ。直線コースでは最高時速315キロにも達するというが、開場してから死亡事故を一度も起こしていないなど安全管理にも万全を期している。

 県の観光担当者も「ブリーラム・ユナイテッドとレース場の地元貢献度は限りなく大きい」と効果を率直に認める。今後は、国と交渉して施設に通じる幹線道路の拡幅を進めるほか、スポーツ健康都市としてさらなる町づくりを進める考えでいる。

 チーム広報担当のスティラック氏の将来の夢は何か。その質問に対して同氏は輝く目で即座に答えた。「サッカーのワールドカップ誘致。そして、タイチームの優勝だ」(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)