カンボジア最低賃金、月170ドルに また首相の「一声」、前年比11%増

 

 カンボジアの縫製・製靴業従業者の最低賃金が2018年1月1日に現行の月額153ドル(約1万7200円)から170ドルに引き上げられることになった。カンボジアでは13年ごろから、労働環境改善を求める従業員たちの声が高まり、各地でストライキが頻発。治安当局との衝突で犠牲者が出る事態も発生した。そのため14年分からは、労使代表と政府による賃金改定を協議する諮問委員会が設けられ、最低賃金を毎年引き上げている。

 ◆「与党離れ」に危機感

 今回の改定は前年の11%増で、過去2年間の引き上げ率を上回る高さ。現地紙プノンペン・ポストなどの報道によると、諮問委員会の合意は165ドルだったが、フン・セン首相が独断で5ドルの上乗せを指示。最終的に170ドルになったという。

 カンボジアの縫製業は貿易額の約8割を占める最重要産業だ。縫製・製靴業界の労働者は全国で70万人以上といわれ、彼らの法定最低賃金が、カンボジアの給与水準の一つの目安にされている。

 国民全体に影響を及ぼす最低賃金だが、12年以降、急速に上がっている。12年には月額61ドルだったが、翌年以降、80ドル、100ドル、128ドル、140ドルと毎年引き上げられ、17年は153ドルだった。労働者の生活が向上することは歓迎されているが、「安価な労働力」が国外からの直接投資におけるカンボジアの魅力、といわれてきた側面をみれば、国際社会での競争力低下を懸念する声もある。

 また、毎年改定される最低賃金の政治利用もあからさまで、「いったいどこまで上がるのか」と、経営側には不安材料となっている。

 最低賃金の決定に労使代表を含む諮問委員会が設置された背景には、13年の総選挙がある。ちょうどこの総選挙前から激化した労使対立と、最大野党・カンボジア救国党の支持の盛り上がりとが重なり、「与党離れ」の機運が高まった。

 13年総選挙ではフン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党が勝ったものの、想定外の野党の追い上げは与党に危機感を抱かせた。得票率は与党・人民党48.43%、最大野党・救国党44.46%。与党は国会の議席を大幅に減らした。そこでフン・セン首相は、諮問委員会を設置して最低賃金を毎年引き上げる仕組みをつくり出し、労働者層の取り込みを図ったといえる。また首相は、諮問委員会の答申に自らの一声で「上乗せ」をすることで、国民に存在感を印象づける戦略をたびたびとっている。

 ◆労働者層の取り込み

 18年7月に総選挙を控え、フン・セン首相は最低賃金の上乗せだけでなく、自ら各地の工場を訪ね、労働者たちと懇談する活動を続けている。総選挙の前哨戦といわれた今年6月の地方選で、与党は野党の得票数を上回ったものの、やはり小差に追い詰められた。前回総選挙から5年が過ぎても続く与党離れに、与党の焦りは高まる一方だ。

 そのため与党は、「最大野党の解党」に向けて強硬な手段をとり始めた。まず9月3日に救国党のケム・ソカー党首を「米国と共謀して国家反逆を企てた」として逮捕。今年2月に改正した政党法に基づき、最高裁に救国党の解党を申請した。これにより、救国党の消滅が現実味を帯びた。当局による逮捕を恐れた救国党議員たちは相次いで国外に逃れている。

 続いて与党は、救国党が解党された場合、国民議会(定数123)にある救国党の55議席を他党に配分する法案を国民議会で可決した。現地紙によると、この法案ではフンシンペック党など5党が55議席を分けることになるが、この5党が前回総選挙で得た得票率は合計でもわずか6%余り。「救国党の議席を人民党が奪取しないのは、骨抜きの多党制を維持することが目的。これら5党が集まっても最大野党に匹敵する勢力とはいえない」との見方が強い。

 これまでのところ、最低賃金の引き上げや首相の工場訪問が、労働者層の取り込みにどれほど功を奏しているかは分からない。最大野党の露骨な弾圧を目の当たりにして、運動家もマスコミも、フン・セン政権への批判に慎重になっており、国民は非常に声を上げにくくなっているからだ。

 世界銀行などの予測によれば、引き続き年7%前後の経済成長率を続けるカンボジアだが、国民が求めているのは経済成長だけなのか。最大野党の抑圧、解党で国民の選択肢を奪うフン・セン政権には、厳しい審判が下される可能性がある。(カンボジア月刊邦字誌「プノン」編集長 木村文)