【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(50)
■23年ぶりの半乾燥地農村調査(下)
1994年の住込み調査以来、23年ぶりに訪れたマグエー郡カンターレー村には、当時は影も形もなかった電気、水道、トラクターが入っていた。23年前には、土地を持たない農業労働者世帯は満足な食事さえできず、富農といわれる世帯でさえ、コメに雑穀を混ぜて食べていた。この貧困なドライゾーン(乾燥地帯)の村にどのような変化が起こったのだろうか。農産物価格、雇用と労賃、農村金融といった経済的側面から考察してみよう。
◆ゴマなどが高騰
乾燥地帯の村々では水稲ができないので、主食のコメはすべて購入しなければならない。1994年、村人が最もよく食べる平均的な白米の価格は、1ピー(約2.14キログラム)で45チャット(当時は1チャット≒1円)だったが、2017年には1250チャット(1チャット≒0.1円)に上昇した。チャット建てで約28倍になる。
雨期の前半、5月から8月にかけて栽培されるゴマがこの村の主作物である。23年前の調査では、白ゴマと赤ゴマが作られていたが、2013年くらいから黒ゴマが入ってきて、次第に赤ゴマが消えて、今は白ゴマと黒ゴマだけになっている。黒ゴマの単収は白ゴマより低いが、日本、中国、韓国などから引き合いがあり、価格が1割ほど高い。1994年の白ゴマ価格は1ティン(約40.9リットル)あたり1200チャット、2017年は4万チャットだった。15年には6万5000チャットまで高騰したという。白ゴマ価格は、1994年比で、15年には58倍、17年には33倍になった。
雨期の後半の8月下旬から12月にかけては主にラッカセイが作付けされる。94年には立性と匍匐(ほふく)性の2種類の品種が作られていたが、今は立性のものしかない。匍匐性品種の方が日照りに強いが、立性種の栽培期間が3カ月半ほどなのに対し、匍匐性品種は6カ月であるため、二毛作ができないことに加え、匍匐性種は油しか取れないのに対し、立性種は最近増えてきた食用にもできることがその要因である。殻付きラッカセイの1ティンあたり庭先価格は、94年の200チャットから2017年には1万チャットと40倍になった。
ラッカセイとともに雨期の後半にはリョクトウも広く作付けされている。1994年の1ティンあたり庭先価格は700チャットだったが、2017年には約34倍の2万4000チャットになった。キマメもゴマやラッカセイの間作として10年ほど前から作付けされるようになった。しかし、これらマメ類の主要輸出先であるインドが輸入量を管理しているために価格変動が激しく、村の農民はその作付面積を減らしている。
以上のように、村の農作物の価格上昇率は、どれもコメより高い。1990年代に始まった農産物価格の自由化は、水田地帯よりも乾燥地帯の農民に有利に働いているように見える。ドライゾーンの村人たちは、コメの相対価格を基準に自らの所得や消費を評価するので、生活に余裕が出てきたと考えるようになっている。
◆多額の借り入れ
だが、これだけで電気や水道設備のために大金を支払うことはできない。電化の時にはマグエー町にある金融業者から1世帯あたり15万チャットを借りた。水道敷設の時もほとんどの家が同様の借金をした。このような借り入れができるようになったのは、2011年に小規模金融法が制定されたからである。それまでの闇金融は月利10%もの高利で、しかも多額の借り入れはできなかったが、13年の同法施行以降、多くの小規模金融機関が林立し、利子も月3%程度に下がった。また、12年制定の新農地法により、これらの金融機関に土地を抵当に入れることが可能となり、借入金の限度額も増加した。
トラクターに関しては、こうした債務の他に3年のローンが組める。耕起料金は1エーカー(約0.4ヘクタール)あたり1万チャットで、1時間に4エーカー耕し、運転手3交代制で24時間運転するので、粗収益は1日96万チャット、燃料費、労賃、スペアパーツ代を引いて3分の1が残るとして32万チャット、年間300日稼働したとして年収9600万チャット、となるから、4000万チャット程度のローンなら簡単に返済できる計算になる。
農産物価格の相対的上昇と金融制度の整備によって、村は急速に「近代化」した。ただし、農業労賃は1日に30チャットだったのが3000チャットと100倍にもなった。それでも農業労働は敬遠される。23年前には1人もいなかった左官と大工がそれぞれ40人と30人出現した。1994年に調査した50世帯中、6世帯がマグエー町へ、3世帯がヤンゴンへ、それぞれ一家で移住してしまっていた。すべてが土地なし農業労働者の世帯だった。労働力不足と賃金高騰の中で、農家はさらなる機械化と化学化を迫られている。トラクターでは代替しきれなかった役牛が、これからどのように消滅していくのであろうか。作物は農薬漬けとなってしまうのだろうか。ドライゾーンの農業はまだ「近代化」の緒についたばかりである。
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