【ビジネスアイコラム】金融理論の貧困がデフレを招く 伝統に固執 視点を変えられぬ日銀
■伝統に固執 視点を変えられぬ日銀
アベノミクスが始まって以来もう5年だが、肝心の脱デフレのめどが立たない中、「日銀理論」に固執してきた白川方明前日銀総裁時代までの日銀主流グループが息を吹き返している。日銀理論とは貨幣の供給によってインフレをコントロールできない、という見方だ。
典型は元日銀金融研究所長で法政大学客員教授の翁邦雄氏だ。氏は26日付の日経新聞朝刊で「日銀がマネタリーベース(資金供給量)を増やすだけで物価が上がるという直接的な波及経路はない。日銀は将来の物価が上がるという『期待』を生むとしたが、多くの国民はマネタリーベースとは何かを詳しくは知らないだろう。だからインフレ期待も生まれない」と言い切った。
中央銀行がおカネをじゃんじゃん刷れば、物価は必ず上がると岩田規久男日銀副総裁らリフレ派エコノミストは主張するのに対し、翁氏ら日銀理論派は一般国民がそう思うはずはないと断じるわけだ。
黒田東彦総裁の日銀は年間で最高80兆円もの資金を追加発行しながら、5年間という中長期間でも継続的にインフレ率をプラスに持っていけない。物価動向は異次元緩和前とほとんど変わらないのだから、なるほど、論争の軍配は日銀理論派に上がりそうだが、ちょっと待てよ。このマネー論争は土俵、すなわち問題設定を間違えているのではないか。
金融資産市場が実物市場である国内総生産(GDP)を圧倒する金融資本主義の現代において、中央銀行資金がGDPの主要素である物価に直接作用するとは考えにくい。中央銀行資金は金融機関に供給されるのだから、カネの資産市場である金融市場に向かうのは当然だ。物価がうんぬん、とばかり口角泡飛ばしても平行線をたどる不毛論争になってしまう。
現実に即した視点とは何か。まず、米国に目を転じればよい。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年9月のリーマン・ショック後、3次にわたる量的緩和政策をとり、短期間でドルの発行量を2倍、3倍と急増させた。ドル資金は金融市場に注入され、当初は紙くずになりかけた住宅ローン証券化商品の相場を支え、次には米国債相場を押し上げて長期金利を下げ、最終的に株価を押し上げた。個人や年金の金融資産の多くは株式関連であり、株価の上昇は家計の懐をよくする。企業は株式市場で有利な条件で設備資金を調達できる。FRBがカネを大量発行すれば実需が好転し、物価を押し上げ、日本のようなデフレに陥らずに済んだわけだ。もし、FRBが日銀理論に毒されていたら、とんでもないデフレ不況になって世界を巻き込んだはずだ。
日本では家計が保有する金融資産の大半は現預金で、株式関連資産の比率はわずかだ。企業も平成バブル崩壊に懲りて、株式を中心とする財テクはご法度だ。つまり、米国のような量的緩和の実物経済への波及効果はゼロではないとしてもかなり薄い。
異次元緩和の唯一と言ってもよい効果は円安だ。円安は企業収益をかさ上げし、株価を押し上げるのだが、株が上がっても上記の理由で家計消費が増えるとは限らない。円安で企業の輸出が増えるとGDPが好転するのだが、円安は断続的だし、先行きは不透明だから、企業は慎重で増えた収益を設備投資や雇用よりも、内部留保の積み増しに充当する。実需が増えないのだから、物価は上がらないのは当たり前だ。
日本の停滞を決定づけるのは増税と緊縮財政だ。アベノミクス第2の矢は「機動的財政出動」と銘打ったが、財政出動は初年度だけで、14年度は消費税増税と公共投資などの削減に踏み切った。以来、税収が増えても民間に還流させない緊縮財政を基調にしている。政府が民間需要を萎縮させるのだから、物価が上がるはずはなく、デフレに舞い戻りだ。
脱デフレ失敗は黒田日銀自ら招いた面がある。黒田氏は消費税増税実行を安倍晋三首相に迫り、金融緩和だけで脱デフレを実現できると大見えを切った。その背後にはリフレ派、日銀理論派とも「金融理論の貧困」があることを見逃すべきではない。(産経新聞編集委員 田村秀男)
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