【新生黒田日銀始動へ(上)】決め打ちだった「現状維持」 財務省「本田総裁」説リークか
「黒田総裁は消費税増税に賛成した緊縮財政派ですよ?」
昨年11月24日の昼、駐スイス大使の本田悦朗は内閣官房参与の浜田宏一とともに首相官邸に駆け込んだ。首相の安倍晋三の前で、約4カ月後に任期が切れる日銀総裁の黒田東彦を再任しないように訴えたのだ。本田自身も日銀総裁候補に名が挙がっていただけに、「なぜ、この時期に官邸を訪れたのか」と眉をひそめる政権関係者もいた。
大方の予想通り、黒田再任で落ち着いた日銀の新総裁人事。だが、その裏側では、秋の自民党総裁選と来年10月に迫った消費税増税をめぐる政権内部の暗闘があった。本田の直訴は平成26年4月の増税をごり押しした財務省に対する安倍の不信感に訴えかけ、人事を覆そうとする思惑があったとの指摘がある。
安倍政権にとって、消費税増税は鬼門だ。8%への引き上げ後、個人消費は大幅に落ち込み、1.5%まで回復した物価上昇率は再び0%台に沈んだ。「黒田日銀」が掲げた上昇率2%目標の実現は6度にわたって先延ばしになった。
消費税増税もその後2度延期されたが、3度目を阻止しようとする財務省の抵抗は強い。安倍の経済政策ブレーンの一人である嘉悦大教授の高橋洋一は「首相が消費税増税をしないといえば、それを“奇貨”として、麻生太郎財務相が総裁選に打って出る可能性がある」と指摘する。
悲願の憲法改正を実現するため安倍は秋の総裁選で3選に挑む。神経をとがらせるのは党内第2派閥を率いる麻生の動きだ。元財務官の黒田を再任せず、消費税増税の凍結を主張する本田を新総裁に選べば、財務省が麻生を盾に3選阻止に動くのではないか。それを避けるため、黒田再任は早い段階で既定路線だったというのが高橋の見立てだ。
もっとも、黒田が日銀を率いた5年間で経済は大きく好転した。名目国内総生産(GDP)は25年1~3月期の498兆円から、昨年10~12月期には549兆円に拡大。1月の有効求人倍率(季節調整値)は前月と同じ1.59倍で、高度成長期直後以来の高水準を維持し、民主党政権時代の就職氷河期は圧倒的な売り手市場に一変した。若年層からの支持は安倍政権が選挙で勝利を重ねる原動力になっている。
今回の人事について、元日銀理事の門間一夫(みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト)は「現在の金融緩和を続けることで、日本経済を支えてほしいというメッセージが読み取れる」と指摘する。政権基盤の安定を求めるなら黒田再任は政局の要素がなくても堅かっただろう。
ただ、黒田が2%物価上昇目標の実現時期と見込む31年度中に消費税増税が実施されれば、消費は再び冷え込み日本経済の宿病であるデフレ心理が再燃する恐れがある。好調な米国経済の後退リスクや2020年東京五輪後の需要減も課題だ。政府が積極的な財政出動で景気を下支えしなければ、4年前の二の舞いになりかねない。
安倍は総裁選で3選しても首相任期は平成33年まで、再任後の黒田の任期は35年までとなる。
「首相は任期が終わるまで、黒田総裁と一緒に突っ走るつもりだろう」。元日銀審議委員の中原伸之は安倍政権と黒田日銀が一心同体だとみて、黒田が後ろ盾を失った後に待ち受ける運命を懸念する。「首相が辞めた後は、何が起きるか分からない」。(敬称略)
◇
日銀の黒田総裁を再任させる政府の国会同意人事案は近く承認される見通し。だが、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を牽引(けんいん)してきた異次元の金融緩和は波乱含みの展開も予想される。新生黒田日銀の先行きを占う。
関連記事