投資マネー集中、中国経済を左右する「ハイテク基地」 北京のシリコンバレー「中関村」ルポ

 
ベンチャー起業家らが集まるコーヒー店などが立ち並ぶ中関村創業ストリート=3月16日(三塚聖平撮影)

 中国の習近平政権は一時の高い経済成長に陰りが見える中、経済の新たな牽引(けんいん)役としてハイテク産業の育成に力を入れている。世界トップのインターネット人口を武器に、優秀な国内外の人材や潤沢な投資マネーを集中させてベンチャー企業の育成を進める。「北京のシリコンバレー」と呼ばれ、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長も訪中時に視察した中関村で、ハイテクベンチャーの現状を取材した。(北京・中関村 三塚聖平)

 北京市内中心部から地下鉄で1時間弱、起業家が集まる「中関村創業ストリート」を訪れるとコーヒー店が目立つ。

 「諦めないことが成功の礎だ」

 コーヒー店「3Wカフェ」の店内には、中国電子商取引最大手アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長の写真がメッセージとともに掲げられていた。馬氏以外にも、多くの有名起業家らの写真が映画スターのように並ぶ。その下でパソコンのキーボードをたたく若手起業家にとっては、馬氏ら「成功者」の存在はスターそのものだ。

 各コーヒー店では、若手ベンチャー起業家が仲間とともに事業計画を練り、取引先と商談を繰り返している。最新技術の勉強会などイベントも頻繁に開催。上階には設備共有型のレンタルオフィスがあり、会社設立の登記もできるという。

 「中国は市場規模が圧倒的に大きい。『メガベンチャー』を生み出す可能性を持っている」。教育系のネットベンチャー企業「清成教育」を中国人の仲間と中関村で立ち上げた三沢公希さん(26)が強調する。三沢さんは清華大大学院修士課程を修了後、米国にいる教師と中国の教育施設とをオンラインで結び、中国の子供に質の高い英語の授業を提供するサービスを2015年に始めた。

 総人口が13億人超の中国では、ネット人口も世界最大の7億人超に達する。規模がものをいうネットビジネスでは、膨大なネット人口は大きな強みとなっている。16年に中国のデジタル経済規模は22兆5800億元(約380兆円)で、対国内総生産(GDP)比で30.3%に達したと昨年末に報じられた。

 人工知能(AI)を活用したネットサービスなど、ハイテク分野ではベンチャー企業の急成長が目立つ。三沢さんも事業立ち上げから約2年半で大手企業を含む約20社と提携し、さらなる成長の手応えをつかんでいる。

 ハイテクベンチャーでは広東省の深●(=土へんに川)も日本で注目されるが、ハードウエア(機器)で強みがある深●(=土へんに川)に対し、中関村はソフト面で強みがある。ベンチャー企業に資金を提供する投資家が多いのも中関村の特徴で、中国全土の毎年の創業投資の3分の1程度を中関村が占めるという。中国の起業家は「中関村こそハイテク産業の中心地だ」と指摘する。こういったハイテク産業の成長に注目してか、3月27日には金正恩氏も中関村を訪問。中国科学院の施設で展示会を視察した。

 中関村の強みといえるのが人材の豊富さだ。中関村の周囲には北京大など中国を代表する名門大学が立ち並ぶ。三沢さんも「起業を志す名門大学の卒業生が多く、OBのネットワークも充実している。資金や人材などの面で北京は起業に向いている」と語る。中国当局も国内外から優秀な人材を引きつけようと躍起だ。中関村で働く外国籍のハイレベル人材に対するビザの優遇措置を打ち出してきているが、2月末にもハイレベル人材に関する「永久居留証」の申請範囲を拡大する追加措置を北京市当局が発表している。

 3月の全国人民代表大会(全人代=国会)でも李克強首相が政府活動報告で「外国人材が中国に来て働きやすくなるよう、ビザなどの制度や手続きを改善する。多くの人材の英知と力を結集すれば、必ず中国革新をスピードアップさせることができる」との考えを強調している。

 ハイテク産業への期待が高まっているのは、一時の高成長に陰りが見える中国経済を左右する“鍵”になっているからだ。また、過剰生産問題が世界から批判される鉄鋼・石炭産業などではリストラが進んでいるが、IT化で拡大するサービス産業が雇用の受け皿になっている側面もある。だが、鉄鋼などの「オールドエコノミー」と比べ、「ニューエコノミー」のハイテク産業はまだ経済規模が限定的で、中国経済の救世主になるかはまだ不透明な段階にあるのが現実だ。

■中関村 北京市北西部に位置し、もともとは日本の秋葉原のような「電子街」だった。1988年に国務院(政府)が「北京市新技術産業開発試験区」とし、ハイテク産業への優遇措置を開始。99年には「中関村サイエンスパーク」との名称で規模を拡大。現在、同サイエンスパークは488平方キロにまで範囲を広げている。中関村の周囲には中国インターネット検索大手「百度(バイドゥ)」や「北京小米科技(シャオミ)」など国内外の有名企業が拠点を置く。