【論風】エスカレートする米中知財摩擦 日本も独自の戦略を

 

 □知財評論家(元特許庁長官)荒井寿光

 4月3日、米国は中国の知財侵害に対し、ハイテク製品を対象に500億ドル(約5兆4800億円)の制裁関税をかける方針を発表した。これを受け、中国は米国からの500億ドルの輸入品に報復関税をかけると発表し、さらに米国は1000億ドルの追加制裁の検討を発表し、知財摩擦がエスカレートしている。

 米国は(1)米企業が中国進出時に技術移転を強要されている(2)技術獲得を目的に米企業を買収している(3)サイバー攻撃で技術情報を盗んでいるなど、中国が米国の知財を侵害していると主張している。知財侵害を理由にした本格的な制裁は歴史上初めてだ。しかも制裁額も巨額で、世界中が注目している。

 背景に技術覇権争い

 中国は「中華民族の偉大な復興」を国家目標としており、今や輸出額では米国を抜いて世界第1位、国内総生産(GDP)では米国に次いで世界第2位の経済大国になっている。さらに、中国は「中国製造2025」という産業政策を推進し、2025年までに、世界の製造強国の一つになり、建国100周年の49年にはトップの製造強国になることを狙っている。

 既に鉄鋼、造船などの伝統産業では世界第1位になっているが、先端産業でも太陽光パネル、ドローン、スマホなど世界トップクラスの製品が増えており、科学論文数も急増し、技術力で米国の脅威になってきている。

 対立は長期化

 米国は20世紀初めに世界一の技術国家になってから、技術力で世界の覇権を維持してきている。米国の技術覇権が脅かされるとあらゆる手段を講じて、2番手を追い落としている。

 冷戦時代に旧ソ連が宇宙や軍事技術において米国に迫ってくると、軍拡競争に持ち込み、ソ連を疲弊させ、崩壊させたといわれている。

 日本が鉄鋼、半導体、自動車などで米国に追い着くと、日本を米国の安全保障の脅威として「第一の敵」と呼び、日米貿易戦争を仕掛け、日本の産業政策を変更させ、日本経済の弱体化をもたらした。

 技術覇権の維持は米国の国家願望であり、中国の知財侵害に関してはオバマ政権時代から「スペシャル301条」の優先監視国として警告している。14年には、中国の軍人5人を、米民間企業からサイバー攻撃により営業秘密を盗んだ罪で起訴している。

 トランプ大統領は「米国を再び偉大にしよう」をスローガンにしている。そのためには、技術覇権を維持強化することが必須だ。

 今回の知財制裁は、単なる貿易赤字の問題ではなく、米国が中国の技術力を脅威と感じたことを示しており、中国製造2025という産業政策の変更が目標であろう。

 一方、中国は、製紙法、火薬、印刷術、羅針盤を発明し、世界の技術リーダーであったことを誇りにしている。「中華民族の偉大な復興」を目指している中国は、自国産業を育成する政策目標を変更するわけにはいかない。

 今回の知財摩擦は、米中の技術覇権をめぐる衝突であり、米国も中国も簡単に引き下がれず当分続くであろう。

 日本企業のとるべき道

 今回の米中摩擦は、日本企業にとってリスクであるが、チャンスでもある。日本は米国とも中国とも経済的なつながりが深く、米中摩擦の影響を必ず受けることを覚悟し、米中摩擦リスクを組み入れた貿易・投資戦略を再構築すべきだ。

 さらに、モノ作りは日本の強みという従来の考えにとらわれずに、「知財を作る・守る・活かす」戦略を作ることだ。外国の基本技術に依存するのではなく、日本独自の新しい知財を作る、技術流出を止めるためブラックボックス化を進めて知財を守る、そして知財を活かして、新しいビジネスモデルを作る戦略が必要だ。日本企業のしたたかな対応が求められている。

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【プロフィル】荒井寿光

 あらい・ひさみつ 東大法卒、ハーバード大大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省、特許庁長官、通商産業審議官、初代内閣官房・知財戦略推進事務局長、世界工業所有権機関政策委員を歴任。退官後、日本初の「知財評論家」を名乗り知財立国推進に向けて活動。著書に「知財革命」「知財立国」。72歳。長野県出身。