【専欄】暴露された「陰陽契約」 国際派女優の脱税疑惑に庶民怒り
6月初め、北京にいた私は某ニュースから目が離せなかった。元中央電視台の超有名キャスター、崔永元氏が、中国映画界きっての国際派女優、範氷氷(ファン・ビンビン)さんの出演契約書を暴露した件である。
それは奇妙な契約書で「陰陽契約」と言うようだ。2種類に分かれていて、1号、2号と言ったほうが分かりやすいかもしれない。1号は税務署にも提出する正式なもので、範さんの出演料は1000万元(約1億6700万円)である。しかし2号では5000万元の報酬が明記されていて、合計6000万元(約10億円!)になる。しかも撮影はたったの4日間だった。明らかに税金対策である。
契約書2号が裏契約となると、当然脱税疑惑が持たれてくる。国民的人気を誇るスター女優でも、脱税となると話は別だ。4日で10億を稼ぐことの異常さと、自分たちは正直に納税しているのに富豪は当たり前に脱税しているという疑惑に、庶民の怒りが集まった。
崔氏が陰陽契約書を暴露した遠因は、10年以上前に遡(さかのぼ)る。
2003年に公開された映画「手機(携帯電話)」は、興行収入記録を塗り替える大ヒット作品だった。監督は国際的にも有名な馮小剛氏で、携帯電話で私生活も仕事人生も翻弄される現代人の悲喜劇を描いた辛口コメディーである。
映画のモデルは、当時一世を風靡(ふうび)していた討論番組「実話実説」の人気キャスター、崔永元氏ではないかとされた。今回の告発者だ。事実、物語の元となった話を、崔氏は馮監督と脚本家に語ったというが、映画は彼に無断で製作されたらしい。映画のモデルと言われたことで崔氏と家族は大衆の好奇の目にさらされ、彼は中央電視台も辞め、長年鬱病に苦しんだ。映画で浮気相手を演じ、その後大スターへの道を駆け上がったのが、範さんだ。
崔氏が今回怒りを再燃させたのは、映画の続編が同じスタッフ・キャストで製作されることが分かったからだ。再び彼に無断である。
崔氏の告発で、まず税務当局が動き出した。脱税の有無をめぐって、調査に乗り出したのである。そればかりではない。今やハリウッドをしのぐといわれる中国のエンターテインメント企業の株が軒並み急落した。
事件が芸能界の枠を超え、ここまで大きくなったのは、世論の存在がある。友人の某中国人は言った。「庶民の7割は崔永元の告発のほうを信じている」
税の不公平に対する怒りは、まさに世界共通である。(ノンフィクション作家・青樹明子)
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