習体制揺さぶる「トランプ弾」 大衆の食直撃、矛先は独裁権力に
今月6日の中国の知的財産権侵害に対する米トランプ政権の制裁関税の発動と、中国・習近平政権の報復の応酬を皮切りに、米中貿易戦争が本格化した。その政治的帰結を考えると、習政権は分が悪そうだとみていたら、北京から、中国の国営メディアが習氏への個人崇拝批判を示唆、習氏の名前を冠した思想教育も突然中止されるなどの異変が相次いでいるというニュースが飛び込んできた。それでも党中央や軍部を完全に掌握しているはずの習体制が傾くはずはないとの見方が圧倒的に多いが、高関税の「トランプ弾」の威力のすさまじさを考えると、さもありなんである。
トランプ弾の第1弾は6日の中国製品340億ドル(約3兆8000億円)で、次に160億ドル発射が続く。10日にはトランプ氏が2000億ドル分の対中輸入に10%の追加関税をかけると品目を明らかにした。さらに3000億ドル分の輸入を上乗せし、合計で5500億ドルにするとも息巻いている。米国の対中輸入総額は5200億ドルだから、中国からの輸入品全てに報復関税をかけることになる。
習氏は「殴られたら殴り返す」と強気で、制裁には同タイミングで同額の報復関税で応じる構えだが、中国の対米輸入は6月までの1年間でみても1634億ドルで、2000億ドルにはるか満たない。習氏側は報復弾に事欠くようになるのを、トランプ氏は見越しているのだろう。
習政権は対米報復第1弾の340億ドルですら品目探しに苦心した形跡がある。大豆や自動車は金額規模も大きいが、他には豚の内臓や鶏の足数億本までが含まれる。いずれも米国内ではほとんど消費者に見向きもされずに、廃棄されていたのだが、巨大な中国需要に合わせて輸出されるようになった。習政権は、くずに値がついて、ほくほく顔だった米国の養鶏農家に打撃を与え、養鶏地帯を選挙地盤とするトランプ支持の米共和党議員への政治的メッセージになると踏んで、報復リストに加えたのだろうが、中国人の胃袋も直撃される。
中国人の食にもっと広範な影響が及びそうなのは、もちろん大豆である。米国の対中大豆輸出量は昨年3300万トンで、米国産は中国の大豆総需要のうち、約3割を占める。輸入大豆は搾って食用油になり、粕(かす)が豚や鶏の餌になる。米国の大豆産地が鶏と同様、中西部のトランプ支持基盤とはいえ、その輸入コスト上昇や量の不足は、中国人全体の胃袋と家計に影響する。
トランプ弾の規模が大きくなればなるほど、中国のマクロ経済が受ける打撃は計り知れなくなる。というのは、中国共産党が統括する金融経済モデルは西側先進国と違って、中央銀行である人民銀行が流入外貨、すなわちドルを買い上げては人民元資金を発行し、国有商業銀行、国有企業、地方政府へと流し込む。人民銀行の総資産に占める外貨資産は66%に上る。
日米欧は国債などの証券を市場から買い上げて資金発行するシステムで、外貨とは無縁だが、中国は外貨頼みだ。その外貨の主源は対米貿易黒字、次は外国からの対中直接投資である。対米黒字はコンスタントに拡大しており、文字通り中国金融を支えている。トランプ氏の作戦はその資金源を断つというわけで、この関税攻勢の実相はカネ版「兵糧攻め」とでも言うべきだ。中国の経常収支黒字は1200億ドルだから、トランプ弾の攻撃が重なれば、国際収支が赤字に転落しかねない。すると、中国の金融システムは機能不全に陥る恐れが生じる。
折しも、中国景気は下降局面に入っている。ドルの裏付けのない人民元を増発し、金融の拡大を図れば、通貨価値は下がる。つまり高インフレになる。中国人は伝統的に紙切れのカネを信用せず、金やドルの保有に走る。それを共産党政権はわかっているからこそ、管理変動相場制度によって、人民元をドルに事実上ペッグさせてきた。既に元売り圧力は高まり、当局による買い支えにもかかわらず、じりじりと元安が続く。資本逃避に加速がかかりそうだ。上海株の下落は企業収益や景気の先行き不安を反映している。
胃袋も経済も悪くなると、何が起きるか。大衆の不満の高まりであり、独裁権力を固めた習氏に対し矛先が向かう。それを見た党内の反習派が勢いづく。その前兆が見え始めたのだ。(産経新聞特別記者 田村秀男)
関連記事