タイ、大洪水の悪夢再びか ダムの水位急上昇、貯水率100%超えも間近

 
川の水があふれて市街地が冠水したペチャブリー県の交差点=8月23日(ペチャブリー警察提供)

 日系企業が数多く進出するタイで、2011年以来となる大洪水への不安が高まっている。8月以降、治水用の4大ダムの水位が急上昇し、危険水域や警戒水域を超えているためだ。デジタル経済社会省気象局によると、今後も雨量は増え、雨期が明ける10月ごろまでの総降水量は例年より10%以上多くなる見通し。全国に55ある工業団地を所管するタイ工業団地公社(IEAT)も、洪水への備えを万全とするとともに、入居する日系企業などにも注意を呼びかけている。

 主要道で数十センチ冠水

 4大ダムのうち総貯水量で2番目に大きい北部プミポンダム(ターク県)を除く、西部シーナカリンダム(カンチャナブリー県)、ワチラロンコンダム(同)、シリキットダム(ウタラディット県)の3つのダムは9月20日の時点で、貯水率が危険水域の80~90%を超えた。大洪水以降、最高の水位で、ワチラロンコンダムでは記録の残る過去34年間で最も水量が多い。治水当局では1日当たり2500万立方メートルのペースで放水を続けている。

 しかし、ダムに流入する水の総量はそれよりも多く、日に日に水かさが増している。最大の水がめであるプミポンダムでも水位は上昇しており、貯水率は70%が間近い。「このままのペースでいくと100%を超えるダムが複数出現する可能性がある」とダム当局者も自然相手に打つ手がないといった様子だ。

 今年の雨期は5月下旬に始まった。この時期でこれだけ水位が高いのは、工業用地や住宅地、農地など600万ヘクタール以上が浸水し、500人近くが死亡した11年以来のことだ。当時は、50年に一度の大洪水とされ、バンコク近郊の7つの主要な工業団地も最大で5メートルほど冠水し、自動車や電気など多くの日系ほか外国企業の工場群が水に浸かって操業を停止した。被害総額は約1600億バーツ(約5500億円)と試算された。

 バンコクから南西へ約100キロに位置するペチャブリー県では、8月5日にケーンクラジャーンダムが満水となり、あふれた水が下流のペチャブリー川に流れ込んだ。川の水位は約4メートル上昇し、住宅街も浸水。主要道の交差点では数十センチの冠水となり、マレー半島を縦断するトラック物流などに影響が出始めている。ただ、地形から被害は限定的で他県に水が及ぶ心配は今のところない。

 24時間体制で監視

 満水が近いワチラロンコンダムでも、仮に水があふれ下流のクウェー川などが氾濫したとしても、直接的な洪水被害を受けるのはダムのあるカンチャンブリー県のほか、ラチャブリー、サムットソンクラーム両県といった西方の一部の県に限られ、バンコクの北郊や東郊に多い工業団地が水に浸かる可能性は少ない。周辺には水産加工関連の日系企業など外国企業がわずかにあるだけだ。

 しかし、北部を中心に山間部に降る雨は着実に他のダムの水位も上げており、予断を許さない状況に変わりはない。このため、IEATでは本部内に洪水監視センターを設置して24時間体制での監視を続けている。水位の変化や天候をリアルタイムで計測し、企業活動への影響が予想されたときはいち早く通報する方針だ。

 また、タイ政府も今年から、国土の中心部を流れるチャオプラヤー川など主要河川に大型の放水路を建設、洪水を回避させる治水対策を始めている。

 国際協力機構(JICA)の提言を受けたもので、バンコク近郊の下流から順次建設を進める考えだ。事業総額は約3700億バーツ。25年までの完成を目指している。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)