【日曜経済講座】一帯一路構想と日中経済協力、「覇権」に手を貸す拙速は禁物だ
このところ中国が掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」の評判がすこぶる悪い。
マレーシアは中国主導のインフラ整備を中止する。一帯一路による巨額投資を受けるモルディブでは大統領選で親中派の現職が敗れ、対中傾斜を見直そうとしている。パキスタンは鉄道事業で中国からの融資削減を決めた。一帯一路は経済、軍事面で自らの勢力圏を広げようとする中国の国家戦略だ。途上国にインフラ資金をばらまき影響力を高める。相手国を借金で縛る手法は新植民地主義と評される。その弊害が各国に浸透してきたのだろう。(産経新聞論説副委員長・長谷川秀行)
この潮流に逆行しないかと懸念するのが日本である。
条件次第で協力できるというのが基本認識だ。民間による協力案件も探している。日中平和友好条約40年の友好ムードを高めたいのだろうが、何とも前のめりだ。
無論、隣国との経済関係は重要である。だからといって中国の覇権主義的な動きを阻むどころか、その片棒をかつぐようでは本末転倒だ。
具体的にみてみよう。
9月25日、一帯一路を念頭に第三国での日中協力を話し合うため、官民合同委員会の初会合が北京で開かれた。
5月に来日した李克強首相と安倍晋三首相が設置を決めた委員会だ。10月下旬の安倍首相の訪中に合わせ、協力のあり方などを議論した。
例えば、話題に上った事業の一つにタイ政府の東部経済回廊(EEC)開発構想がある。今後、こうした事業に日中政府の後押しを受けた両国企業が相乗りで参加することが想定されよう。
会合で日本側が注目したのは中国側が「国際スタンダード」を重視する姿勢を示したことだ。日本が求めている事業の開放性や透明性、経済合理性、相手国の財政健全性などのことである。中国によるインフラ輸出では備わっていないことが多い。
日本は一帯一路を全面支持しているのではなく、国際スタンダードを満たす案件があれば協力するとしてきた。これを認めて歩み寄ろうとする姿から、中国の前向きな変化を評価する声もある。
だが本当にそうなのか。現状を確認しておきたい。
一帯一路の弊害と指摘されるものに「債務のわな」がある。典型はスリランカだ。中国の支援で港湾を整備したが高金利の借金を返すめどが立たず、管理権を中国に渡さざるを得なくなった。中国マネーに頼った代償である。
ここ数年、多くの低所得国が債務を膨らませ、破綻状態か、それに近い状況に陥っている。借り手の責任は当然大きいが、貸し手側の無責任な貸し付けも多い。その代表格が中国なのである。
先進国の政府開発援助(ODA)は国際基準で金利などが決まるが、中国は独自条件で金を出す。透明性がなく採算性の確保も疑わしい。優先するのは経済や外交・軍事上の中国の利益だ。中国企業のひも付きが多く、米シンクタンクの調べでは、中国企業の受注割合は89%だった。
日米欧などの債権国が情報を共有し、低所得国の債務問題などを議論する国際会議にパリクラブがある。中国も加わって然るべきだが、各国から正式加入を促されても入ろうとしない。情報開示などの義務を避けるためだろう。
詰まるところ、問題を改善する具体的な行動が見えないのである。それなのに国際スタンダード重視といわれてもにわかには信用できない。
中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したとき、各国は市場経済国への変貌を期待した。だが、知的財産権侵害や不公正な貿易慣行は改まらない。期待が裏切られることの繰り返しなのである。
日本の対中外交が分かりにくいのは、米国などと共有するインド太平洋戦略との整合性が見えないからである。
自由で開かれた国際秩序を目指す同戦略は一帯一路と対立する概念だ。実現のため質の高いインフラ投資で各国との連結性を高めようとしている。先の日米首脳会談でもインフラ整備の日米協力を確認した。中国の覇権主義を阻むのに日米の連携は不可欠である。この基本が一帯一路への協力であいまいになる。
中国が日本に接近を図る背景には、対米関係の悪化という事情がある。一帯一路に対する各国の警戒を和らげるため、日本の後押しを渇望しているのかもしれない。うかつに乗れば、日本が築いてきた信頼も損ないかねない。
やはり前のめりに動くのは危うい。拙速を避けて一帯一路に一線を引くべきだ。首相訪中の「土産」として成果を焦るようでは、大きな禍根を残すことになる。
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