今世紀中にドイツの人口逆転 フランス、産む国へ100年の執念
欧州の福祉大国フランスとドイツが、少子化対策で明暗が分かれている。フランスは2016年、合計特殊出生率(女性が一生に生む子供の数の平均)が1.92で、5年連続で欧州連合(EU)の首位を維持する一方、ドイツは1.60で追い上げに奮闘中。現在の人口は欧州最大だが、国連推計では今世紀中にフランスに抜かれる見込みだ。両国の違いは何なのか。(三井美奈)
育休なし、働く母
仏北部シャルトルに住む弁護士ペリーヌ・シャボシュさん(37)は、4~11歳の男児3人のシングルマザー。3年前に離婚した。
「保育所や学校の送迎はいつも大変。でも、子供たちの笑顔を見ると疲れも吹き飛ぶ」と話す。みんな産後2カ月半で保育所やベビーシッターに預け、育児休業なしに職場復帰した。
次男を出産後、時間のやりくりがつかず、弁護士事務所の上司に「うちは所帯が小さいから困る」と退職を促された。中堅事務所に移った今も夕食後、シッターに子供を任せて出社し、残業することもしばしば。それでもやってこられたのは手厚い支援のおかげだ。
月900ユーロ(約12万円)のシッター費の半分は補助金が出る。育児手当は3人で月299ユーロ(約4万円)。年収約4万2千ユーロ(約550万円)で所得税は870ユーロ(約11万円)だから、たっぷりおつりがくる。
子供最優先
フランスの合計特殊出生率は1993年に1.66に落ち、2006年に2.00に戻った。経済協力開発機構(OECD、13年)統計で国内総生産(GDP)に占める家族給付支出は3.65%。北欧と並んで先進国トップクラスで、日本(1.49%)の倍以上だ。
とにかく産んでもらい、国が支える-というのが保革を問わず、歴代政府の立場。育児支援は予算の「聖域」扱い。08年の金融危機後、北欧などほかのEU諸国と同様に出生率が下がると「フランス『特例』の終わりか」(ルモンド紙)、「危険な減少」(レゼコー紙)などと大騒ぎだ。
日本との大きな違いは、「3歳まで親が育てないと悪影響が出る」という「3歳児神話」が希薄なこと。パリの保育園長は「男女格差がなくなり、女性の出世競争も激化したので、育休をとらず、産後2~3カ月で預ける母親が多い」と話す。昼の公園では肌の色の違う移民出身シッターたちが乳幼児をあやす。
ドイツ、格闘中
隣国ドイツでは90年代、合計特殊出生率が1.24まで下落。メルケル首相は2005年の就任後、7人の子供の母フォンデアライエン家庭相(現国防相)を起用し、育児支援に本腰を入れた。
保育所不足は、日本並みに深刻だ。5月にはベルリンで母親ら約3500人が抗議デモを行った。
主催者の一人、大学職員のカタリーナ・マールトさん(30)は1歳男児の母。「妊娠中、保育所を予約しに行ったら『400人待ち』と言われた。入るのは至難の業。ネットで入所の権利が千ユーロ(約13万円)で売買されていたので、頭にきたわ」と憤る。
政府は07年、75万人分の保育所増設の目標を掲げ、13年には1歳以上の幼児に「保育請求権」を認めた。育児手当も増額し、現在は子供1人当たり月194ユーロ(約2万5千円)、3人目には月200ユーロ(2万6千円)支給する。
給付はフランス以上に手厚いのに、出生率は同じようには上がらない。政府の努力で15年に1.50、16年には1.60になったが、新生児は、ほぼ4人に1人が外国籍。15年に約100万人の難民・移民が流入した影響とみられている。
戦争と人口
両国の出生率の分かれ目は、戦争の経験が大きい。
パリ政治学院のポールアンドレ・ロゼンタル教授は、「フランスで人口増強は、100年来の国策。ドイツに戦争で負けたのは、『人口で逆転されたからだ』という意識が染みついている」と指摘する。
19世紀初めのフランスは人口約3千万を擁する欧州一の大国だった。英雄ナポレオンは徴兵制で巨大な国民軍を築き、欧州を制覇した。その後、出生率は低下。世紀末にドイツに追いつかれた。これと並行するように1871年、普仏戦争に敗北し、領土割譲を迫られた。第一次世界大戦では戦勝国になったものの国土が戦場となり、140万人が死亡。第二次大戦ではドイツに占領支配された。
育児手当の創設は1932年。政府公認の「産み捨て」制度すらある。母親が匿名で育てられない新生児を病院に残し、国に養育責任を委ねる仕組みだ。
一方、第二次大戦後の西独は、優生思想に基づくナチスの「民族増殖」政策の反省から家族への介入を敬遠した。子供への手当給付は54年に始まったが、貧困救済が重視され、保育所設置や働く母親の支援は進まなかった。女性就労を進めた東独もドイツ統一後、西独制度に吸収された。
「悪い母親」
ドイツの保育所整備の遅れには、保守的な家族観も背景にある。
ベルリン人口開発研究所のスザンヌ・ディネル研究員は、「幼児を預けて働く女性は『悪い母親』と批判されがち。女性はキャリアを犠牲にしないため、出産を遅らせる。罪悪感から、フランスのように割り切ってシッターにまかせることができない」と指摘する。ディネル氏自身、長男を産んだのは38歳の時だ。
マールトさんはデモの後、「子供の面倒を見るのが母親。あんたはわがままだ」などと書かれた批判メールを数百通受け取った。「女性が職場復帰する権利を訴えても、世間は冷たい」とため息をつく。
2012年には「母親は子供が3歳になるまで育児に専念すべきか」が国民論議になった。連邦政府が「在宅育児手当」を創設した時だ。保育所増設が追いつかない中、3歳未満の子供を自宅で育てる親に月100ユーロ(約1万3千円)を支給する制度だった。「母親を家庭に縛る」という批判が出て、政府は導入断念を迫られた。判断は自治体に委ねられ、現在はバイエルン州など一部が実施する。
■「パパ育休」EU法案 仏は抵抗
父親の育児休業取得を促すEU法案に、フランスが反発している。
「両親のワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」と名付けられた法案は、スウェーデンがモデル。欧州委員会が導入を目指す。両親に各4カ月間の手当付き育休を定め、取らないと権利を失う仕組み。各国に疾病手当並みに高い育休手当を義務付け、父親が仕事を休んでも家計負担が抑えられるようにした。EU主要国の疾病手当は給与の7~9割と高い。
フランスは、育休手当は月額一律396ユーロ(約5万円)と低い。育児支援を手厚くし、母親に産後、早く職場復帰を促す制度だ。マクロン仏大統領は今春、欧州議会で「指令案の目標はすばらしいが、金がかかる」と反対を表明した。
「父親育休」促進はドイツも07年に始めた。手当は給与の67%。両親共に取得すれば14カ月で、母親だけ取る場合より2カ月延長できる。この制度で、父親の育休取得率は3%から36%に増えた。
ただし、父親育休は「少子化の特効薬ではない。意識改革を促すだけ」と、ベルリン人口開発研究所のディネル研究員は指摘する。「保育所が不足するうちは、家計を支える父親がフルタイムで復帰し、母親が育児を担う構造が残る。私の夫も育休を取ったが、その後は仕事を優先した。結局、私が時短勤務に切り替えた」と話す。
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