【経済インサイド】起業家育成、求人活動支援…様変わりする自治体のベンチャー支援

 
「500コウベアクセラレーター」の応募者を対象にした説明会=7月30日、東京都渋谷区

 全国各地の自治体でベンチャー企業を支援する活動が盛んだ。これまでは共同オフィス(コワーキングスペース)を集めた創業支援施設の整備といった「ハコモノ」のイメージが強かったが、ここ数年は様変わり。ベンチャー企業と手を組んだ起業家の育成、UターンやIターン希望者をターゲットにしたベンチャー企業への求人活動支援など、手法が広がっている。共通するのは「地方から日本経済を盛り上げたい」という関係者の熱い心意気だ。

 起業家を育成

 神戸市は米シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)、500(ファイブハンドレッド)スタートアップスとの共同による起業家育成プログラム「500コウベアクセラレーター」を平成28年から毎年実施している。

 「シード」もしくは「アーリー」と呼ばれる創業初期段階で製品やサービスの開発を終えた起業家を国内外から公募。書類選考を通過した約20社を対象に、起業家支援の経験が豊富な500スタートアップスのスタッフが世話役(メンター)となって、一緒に事業計画をより実現可能性の高いものに仕上げていく。

 今年も7月23日から参加者を募集。具体的な件数は明らかにしていないが、これまでに約200社の応募があったという。神戸市の多名部重則・新産業創造担当課長は「今年は海外、特に東南アジアからの応募が昨年までよりも2倍のペースで増えている」と語った。

 書類選考を通過した起業家は、神戸市の起業支援施設「デザイン・クリエイティブセンター神戸 KITTO(キット)」で、1カ月超にわたり「合宿」。世話役や他の起業家と寝食をともにしながら、今後の事業戦略の立案にあたり、12月10日に東京都内で開催する成果発表会(デモデイ)に臨む。

 昨年の成果発表会では、国内外のベンチャーキャピタル(VC)の投資担当者、大手企業の新規事業部門の担当者が数多く参加。終了後の懇親会では、資本提携や業務提携などを念頭において、起業家と名刺を交換する光景が見られた。多名部担当課長は「このなかから1社でも多くのベンチャー企業が神戸に本社を置いてもらえるようになれたら」と話す。

 ベンチャー誘致

 一方、24年9月に「スタートアップ都市を目指す」と宣言した福岡市もさまざまな施策でベンチャー企業の誘致に取り組む。昨年4月には廃校となった小学校を改装した創業支援施設「フクオカグロースネクスト(FGN)」が誕生。100社以上のベンチャー企業が共同オフィス(コワーキングスペース)の利用登録を済ませているほか、起業家同士交流できるラウンジには連日投資家との交流イベントを開くなど、「あそこに行けばきっと何かがつかめる」(福岡市創業・立地推進部の山下龍二郎・企業誘致係長)と、異分野との交流に必要な場所とのイメージを定着させた。

 29年には、会社設立5年未満の企業を対象に法人市民税を最大5年間減額する制度を導入するなど、ソフトハードの両面からベンチャー誘致に取り組む。その結果、無料通話アプリのLINE(ライン)やフリーマーケットアプリのメルカリといったIT(情報技術)系を皮切りに、人材サービスのサーキュレーション(東京都千代田区)やプレシャスパートナーズ(同新宿区)など、数多くのベンチャー企業が福岡に拠点を置くようになり、27年度の福岡市の開業率は7.04%で、全国21主要都市で最も高い水準となった。

 折からの景気回復もあり人手不足も深刻で、福岡地区の有効求人倍率はここ数年1倍を超えている。そこで福岡市は今年7月、人材サービスのビズリーチ(東京都渋谷区)と連携し、福岡市内の中小・ベンチャー企業の求人情報に特化した求人検索アプリを登場させた。山下係長は「ベンチャー企業だけでなく、働く人もいっしょに福岡に呼び込みたい」と意欲を見せる。

 8月21日、東京都内の博多ラーメン店で開いたアプリ開設イベントには、福岡に本社があるベンチャー企業の経営者だけでなく、高島宗一郎市長も姿を見せ、集まった約20人の参加者とともに福岡の魅力を語り合った。

 地域経済に好循環

 両都市とも人口が100万人以上の政令指定都市。住民が行政に求めるニーズは多岐にわたる。ベンチャー企業の事業には子育てや介護、環境といった社会課題の解決を目指したものも少なくない。両市とも地域の行政課題にベンチャー企業の新たな技術やアイデアを活用して解決策を導き出す取り組みをも始めている。

 大手企業との協業には敷居が高いと感じるベンチャー企業も少なくないが、神戸市の多名部担当課長は「地域の商店街や町内会などにも協力を呼びかけて、ベンチャー企業が開発中の技術やサービスの実証実験ができるような環境を整えるのも行政として大切な仕事になる」と話す。人を集め、その後にお金、そして新たな仕事とともにまた多くの人を地域に呼び込む。神戸市も福岡市もそんな経済の好循環ができあがりつつあるようだ。