【ビジネスアイコラム】日中通貨スワップのリスク 「一帯一路」に協力、対米外交悪影響も
「中国は明らかに必要とする外貨が底をつきつつある。日本の財務省が通貨スワップ協定に応じてかれらの生命線を延長してくれるのだから、中国にとって素晴らしいことだろう。経団連企業が通貨スワップに支えられてかの金融災厄をまき散らす一帯一路向けの資金調達に応じることもね。この問題点をずばりつく見方が極めて少ない中で、あなたの記事は秀逸だ」--。
このコメントは10月26日付の産経新聞朝刊1面拙論「日中通貨スワップは日米の信頼損なう」の英訳版ジャパンフォワード・ネット(http://japan-forward.com/)を読んだ米軍幹部N氏が筆者に寄越したものだ。N氏は東日本大震災時の米軍の「トモダチ作戦」を立案した知日派で、大手米銀に在籍経験のある金融専門家でもある。
日中通貨スワップは米中貿易戦争のために通貨・金融危機に陥りかねない中国の発券銀行、中国人民銀行に対し、日銀がいつでもどこでもドルに換えられる円を最大3兆4000億円(約300億ドル)で提供するという約束だ。拙論はそれが、トランプ政権の対中金融封じ込め策に反するのではないか、と警告した。N氏はまさに同じ危惧を抱いている。
円貨で3兆円規模というのは、異次元金融緩和のピーク時には年間で80兆円の資金を発行してきた日銀にとって大した額ではないとする半可通もいるが、冗談ではない。
日銀は円と引き換えに下落が続き、暴落不安にさらされている人民元を資産に持つことになる。人民銀行の方は強い円を外貨資産に組み入れる。3兆円のスワップが行われ、元相場が円に対して10%下落すると、日銀は3000億円の資産が毀損(きそん)し、国庫への納付金を減らす羽目になる。対照的に人民銀行は同額の差益を享受するわけだが、日本国民の富3000億円が中国側に移転する。通貨スワップとは国家安全保障に関わる外交上の重大案件であるのは当然なのだ。
では、なぜ安倍晋三首相はやすやすと先の訪中でスワップ協定調印に応じたのか。31日付日経新聞朝刊は、「日本の銀行や企業が人民元を調達しやすくするもの。危機時に中国を救う意味合いはない。日本が長く働きかけて実現したもの」と解説している。日中通貨スワップは中国のためではなく、日本側が一方的に求めたと財務省が日経記者にブリーフィングしたのだろうが、財務官僚は麻生太郎財務相や安倍首相を同じ調子で説き付けたに違いあるまい。
さすがに、安倍首相は上記拙コラムを目にして、衝撃を受けたようで、財務省幹部を「話が違うんじゃないか」と詰問したようだが、時すでに遅しだった。麻生財務相は26日に協定を発効させたあとの30日の閣議後の記者会見で「中国で企業活動している日系の企業に対して、邦銀の人民元が不足する場合に日銀が人民元を供給する。人民元を安定的に供給できる」(30日のロイター電)と強調した。
日本企業や銀行のためになる、というわけは簡単だ。中国の金融市場は共産党官僚の統制下に置かれている。日本企業が人民元資金を調達するのも不自由で、党官僚の裁量が気になる。邦銀は預金による元資金集めに事欠く。そこで、三菱UFJやみずほ銀行、さらに大手企業は「パンダ債」と呼ばれる債券を現地で発行し始めた。中国の元建て債券市場は1300兆円規模に膨れ上がっているが、元相場が下落すれば債券市場も危うい。そこでパンダ債のリスクを緩和するのが、通貨スワップ協定ということになる。邦銀や企業がこうして元資金を調達しやすくなる。そんな金融協力を通じて、日本企業は習近平氏が執念を燃やす中国の巨大経済圏構想「一帯一路」プロジェクトに中国企業と共同受注で参入できる環境が整う。その見返りに、金融リスクを引き受けるのは日銀ばかりではない。
冒頭の米専門家のコメントにある通り、米国が非難する一帯一路への日本の協力だと疑っている。対米外交上のリスクも覚悟せねばなるまい。(産経新聞特別記者 田村秀男)
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