【水と共生(とも)に】国民生活に直結 水道法改正案の行方
水道事業の広域化や民間企業の参入を促す水道法改正案が7月、先の国会では与党などの賛成多数で衆院で可決したが、会期切れとなって継続審議となった。このため、今臨時国会で参院で可決・成立する見込みである。筆者は長年、世界と日本の水問題解決に取り組み、特に「世界の水道の民営化問題」に注目し続けてきた。水道民営化について、考えを述べてみたい。
法改正の背景に4つの理由
水道法を改正する背景には、大きく4つの要因がある。
(1)人口減少に伴う料金収入の減少(過去10年間で2000億円の減収)
(2)水道施設(浄水場、管渠(かんきょ))の老朽化
(3)自然災害や地震による水道被害の頻発化(水道施設の全国耐震化率は基幹管路で38.7%)
(4)定年退職者が増加し、水道職員数が減少。政令市や給水人口50万人以上の自治体では、職員数が確保されているが、給水人口5万人以下(約1400の水道事業体のうち8割が該当)では職員が10人以下。
日本の水道事業を取り巻く状況を簡単に言うと「カネも、ヒトも、技術も、同時多発的に失われている状況」にある。
国内の水道施設の総資産額は46兆円を超えており、仮にこの半分を更新するとしても最低23兆円の資金が必要である。こうした状況下で、たびたび「水道法の改正」が上程されてきた。
改正法案の中で注目されるのは官民連携「コンセッション」の項目である。コンセッションとは、料金徴収を伴う公的施設(高速道路、空港、上下水道など)について、所有権を公的機関に残したまま、事業運営権を民間事業者に付与するスキームのことだ。民間資金を活用して水道事業を運営することになるため、水道民営化の先鋒(せんぽう)とみられている。
海外の水道事業の動向
水道法改正案の衆院通過を受けて、インターネット上では「日本の水道を外資に売り渡す暴挙、これで日本の水道は終わった」といった過激な表現が見られた。その根拠になっているのが、世界で1990年代に起きた水道民営化の動きだ。
世界銀行は90年代以降、途上国の水道インフラ事業に融資する際、水道民営化を推し進めた。しかし、ボリビア、フィリピン、南アフリカなどでは水道事業を民営化した結果、サービス低下や水道料金の高騰が起き、死者が出たり訴訟に発展したりした。日本も同じ轍(てつ)を踏むのではと危惧されているのである。
海外では2000~15年の間に、37カ国で民営化された水道235事業が再公営化されている。
有名なところでは、仏パリ市も再公営化している。水メジャーと呼ばれる国際的水道会社、スエズとヴェオリアが1985年から2009年までの間、パリ市の水道を経営したが、その間、水道料金は265%上昇し、市民サービスは低下した。
パリ市は10年、再公営化を決断するとともに、市民や水道関係者が意見交換するための組織「Observatoire」をつくり、事業の透明性、責任の所在、利用者の関与を徹底した。その結果、45億円のコスト削減や水道料金の8%低減に成功した。水道利用者は約300万人である。
来日したパリ市のベンジャミン・ガスティン業務部長は、再公営化について「事業の透明性と持続性を優先した資産管理が大切である」ことを強調した。
民営化の前にやること
水道民営化については国民の反感があるため、まずは市町村などが手掛ける水道事業の広域化・統合化が一つの選択肢となる。最終形は「1県1水道の集約化」で、既に香川県、宮城県、奈良県などで検討が進められている。
広域化・統合化は「規模の経済(スケールメリット)」が発揮されると強調されるが、そう単純でもない。人件費に焦点を当てると、給水人口が100万人近くになるとやっとスケールメリットが出てくる。つまり、中途半端な広域化・統合化ではメリットは生じないということだ。
また、ITや人工知能(AI)を活用して広域化・効率化を推進することもポイントだろう。経済産業省の報告書「社会インフラのスマート化に関する水道事業におけるIT活用」(15年)によると、大規模事業体(給水人口50万人以上)ではITの活用により財務数値が10%削減、中規模事業体(5万以上50万人未満)では10~20%削減、小規模事業体(5万人未満)では10~40%削減できる可能性を示唆している。
英国方式・OECD指針参考に
日本の水道の現状をみると、民営化は避けられない状況である。筆者は、民営化に当たり英国方式の採用を提案する。英サッチャー政権が1989年、水道完全民営化に取り組む際、「民間会社は利益を追求するため、サービスの低下や料金値上げを招く」という懸念に歯止めをかける仕組みを以下のように完璧に備えた。
(1)水業務管理局(OFWAT)の創設。2年ごとのサービス調査や5年ごとの料金改定の審査、強制調査権を持つ。
(2)飲料水検査局(DWI)による飲料水の水質規制・指導
(3)国家機関でありながら消費者団体のような性格を持つ水道顧客審議会(CC Water)により、OFWAT、DWIの働きを監視し、行政指導を行う。
英国では、こうした仕組みをつくったうえで、2000以上あった水道事業体を21社にして完全民営化を達成した。
また、経済協力開発機構(OECD)は世界の水道民営化事例を調査してまとめた指針「公共アクションのチェックリスト」で官民連携の重要事項(28項目)を指摘している。これも参考になるだろう。
日本の特異性を加味せよ
日本の水道民営化については、英国方式とOECD指針から学ぶべきで、それに日本固有の事情(自然災害、地震、気候変動対応など)を加味し、制度設計に取り組むべきだろう。国は水道民営化に備え、監視、モニタリング、指導のできる公的機関を早急につくることである。一方、自治体にとっては水道事業アセット(施設、函渠、図面、施工図、人材、資金)などの実情を把握することが重要である。民間委託や民営化の失敗事例をみると、委託側(官側)から与えられたアセット情報が「いい加減で、実態と大きく乖離(かいり)」していたケースが多い。
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【プロフィル】吉村和就
よしむら・かずなり グローバルウォータ・ジャパン代表、国連環境アドバイザー。1972年荏原インフィルコ入社。荏原製作所本社経営企画部長、国連ニューヨーク本部の環境審議官などを経て、2005年グローバルウォータ・ジャパン設立。現在、国連テクニカルアドバイザー、水の安全保障戦略機構・技術普及委員長、経済産業省「水ビジネス国際展開研究会」委員、自民党「水戦略特命委員会」顧問などを務める。著書に『水ビジネス 110兆円水市場の攻防』(角川書店)、『日本人が知らない巨大市場 水ビジネスに挑む』(技術評論社)、『水に流せない水の話』(角川文庫)など。
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