タイ、軍の影響力残す体制づくり着々 貢献党の強制解党に現実味
軍政下のタイで来年2月にも実施される総選挙をにらみ、軍の影響力を残すための体制づくりが着々と進められている。親軍政党が勢力を増しているほか、最大の敵対勢力タクシン派の解党処分も現実味を増してきた。さらに万が一の事態に備え、王室の権威を背景とした枢密院や実力部隊である陸軍の人事も強固にされた。軍政府首脳は「来るなら来い」と全面対決も辞さない構えだ。果たして嵐の前の凪(なぎ)なのか。現在のタイの政治状況を概観した。
力で制する意思
今年9月末のことだ。2つの主要人事が相次いで内示されると、インラック前政権の与党タイ貢献党を支えてきた市民団体「反独裁民主戦線(UDD、通称・赤シャツ隊)」のメンバーは大きくため息をつきながらも不気味に笑った。「軍政は本気でつぶしにかかってきているが、われわれが選挙で負けることは決してない。既に打つ手は打ってある」
10月1日付で異動となり、実質的にタイの全軍事力を束ねる陸軍司令官に就いたのは、前司令官補のアピラット・コンソムポン大将(58)。プラユット暫定首相(元陸軍司令官)と同様に首都防備の第1管区司令官の出身で順当な人事ではあったものの、実父が1991年の軍事クーデターを引き起こしたスントン元国軍最高司令官であったことが、最終的には軍が力で制する意思を示したものとして受け止められた。本人は就任間もない記者会見で「政治が社会混乱の根本的な要因でない限りクーデターは起こらない」と意味深長な発言をしている。
その翌日には退任したばかりの前陸軍司令官、チャルームチャイ大将(61)とジョーム前空軍司令官(60)ら3人が新たに枢密顧問官となる人事も発令された。これにより、16人(定数は18人以下)の枢密院メンバーは、議長のプレーム元首相(元陸軍司令官)を筆頭に、次期議長が内定しているスラユット元首相(同)ら軍出身者が半数を超える9人を占め、王室の権威を盾に軍政を背後から支える強固な体制が完成した。枢密院は国民の敬愛を集める王室の私的顧問機関。その力は絶大だ。
次期総選挙で現軍政の受け皿として設立された親軍政党の「国民国家力党」も徐々に全貌を現し始めている。党首にはプラユット現内閣で工業相を務めるウッタマー元バンコク大学長が就任。このほか元民主党下院議員の閣僚3人らが副党首などに配置された。新たに施行された2017年新憲法は小選挙区制を採りながらも多党制になりやすい仕組みを採用しており、同党以外にもいくつかの親軍政党が結成されている。いずれもタクシン派の票田である北部や東北部で候補者を立て、切り崩しを進めるのが狙いだ。
司法クーデター
こうした折、にわかに現実味を帯び始めているのが前与党タイ貢献党に対する強制的な解党処分だ。タクシン内閣が率いたタイ愛国党とそれを実質的に引き継いだ人民の力党は、タクシン・反タクシン両派の激しい対立の中で憲法裁判所が解党とし、多くの党幹部の公民権が剥奪された。今回も同様の事態となる可能性は否定できない。
憲法裁は1997年憲法から設置された機関で、民主化と法の支配を目的とした違憲審査が本来の任務。ところが、憲法裁判事については上院が最高裁判事や行政最高裁判事らの中から選ぶと規定されてきたことから、たびたび政治的な働きをしてきた。タクシン政権時代から上院は反タクシン派が多数を占めており、こうした動きは「司法クーデター」と揶揄(やゆ)された。新憲法下でも基本的な枠組みは残ったままだ。
タクシン派と反タクシン派の対立を仲裁する目的からクーデターを決行した軍当局。だが、4年半が過ぎた現在は、タクシン派による政権樹立阻止が唯一の目的となっている。かつて首相を輩出した民主党にも、もはやその勢いはない。ならば、軍政を継続する以外に道はないというのが当面の結論だった。新憲法が定めた民政復帰のための経過期間は選挙後5年。軍政はその先も見据えた影響力の残存を目的とし始めている。タクシン派が水面下でますます抵抗を強めようとするのは必至だ。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)
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