【アメリカを読む】産業スパイ摘発で先端分野標的、米中経済戦争“新段階”
ハイテク技術覇権をめぐって中国と争うトランプ米政権が、“中国封じ込め”の新段階に乗り出そうとしている。米司法省が1日、ビッグデータ時代を支える半導体メモリー「DRAM」の技術を米企業から窃取する「産業スパイ」の摘発を発表。中国がてこ入れを図る先端分野の企業を狙い撃ちにした。中国に大規模関税で圧力をかける米政府が今後、ピンポイントに打撃を与える同様の対抗策に軸足を移すシナリオも浮かぶ。(塩原永久)
ビッグデータ時代の必須技術
「警察に家宅捜索された際、アシスタントがとっさにノートパソコンやUSBメモリー、文書を受け取りロッカーに隠した」
「彼女は証拠が入った携帯電話をひそかに部屋から持ち出した」
今回の産業スパイ事件の引き金となった数年前の台湾での捜索について、被害を受けた米半導体大手「マイクロン・テクノロジー」の訴訟資料は、同社から窃取した秘密に関する証拠隠滅に走る台湾企業の社内の様子を描き出している。
米司法省は今月1日、マイクロンのDRAM生産技術を盗もうとしたとして、中国国有の半導体製造企業「福建省晋華集成電路」(晋華)を連邦大陪審が起訴したと発表した。台湾の警察が捜索したのは、同社と共謀したとして起訴された台湾半導体大手「UMC(聯華電子)」のオフィスだった。台湾人3人も同時に起訴された。
記憶装置に使われるDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)は、膨大なデータを扱うデータセンター向けのサーバー(業務用コンピューター)などでの需要が伸びている。中国政府はハイテク産業育成策「中国2025」のもと、こうした半導体を自前で大量生産する態勢の確立を目指している。晋華はDRAMの新たな生産設備を立ち上げ、中国政府の“念願”成就を急いでいたとみられる。
進化する脅威
マイクロンの訴状や、同事件を扱った米紙ニューヨーク・タイムズの報道によると、晋華はDRAM量産に求められる技術を持っておらず、自前で開発するには時間がかかることから、マイクロンからの秘密窃取を狙ったとされる。
晋華をめぐっては、米商務省が10月29日、同社が米輸出管理規則(EAR)に違反し「安全保障を脅かした」として、同社に対する部品輸出を制限すると発表していた。
中国の知的財産侵害を問題視するトランプ政権は、中国からの総計2500億ドル(約28兆円)相当の輸入品に追加関税を課す制裁措置をとっている。ただ、関税上乗せは輸入品への課税と同じで、米国内で中国製品の価格上昇につながる。大規模な関税適用の期間が長引けば、国内経済への悪影響も広がる恐れがある。
一方、米企業から晋華への部品供給を制限する「輸出規制」は、米商務省が4月に中国通信機器大手「中興通訊(ZTE)」に発動した措置と同じ類型の対抗策だ。措置を受けてZTEは、米国からの重要部品の供給が途絶えて一部事業の停止に追い込まれ、後に禁輸が解除されるまでに経営難に陥る苦難を味わった。
米政府は、この強力な措置を晋華に発動した上で、さらに刑事事件として産業スパイを摘発した。米司法省は1日の記者会見で、中国に機密を持ち出す産業スパイ事件の検挙を本格化させる「チャイナ・イニシアチブ」を発表。「米経済に対する新たな、進化する脅威」(セッションズ司法長官=当時)への対抗姿勢を鮮明にした。
米当局が把握し、米企業からの技術持ち出しが疑われる案件で、事件化されていない産業スパイのさらなる立件を司法省は検討している模様だ。
日本の対応遅れに懸念
トランプ政権は、関税などの貿易措置だけでなく、輸出規制や投資制限、さらには刑事司法を含めた包括的な対抗策をとり、米国のハイテク覇権に並び立とうとする中国に新たな次元で対処する姿勢を示したといえる。
米専門家の間では、米国民の痛みとなって跳ね返る関税発動より、輸出規制などを駆使した「標的を絞った措置」により、特定企業に打撃を与えて事業運営を困難にする方法のほうが望ましいという意見も出ている。
一方、今回の産業スパイ事件は、ハイテク技術開発をめぐる難しい問題も露呈させている。半導体ビジネスでは、スマートフォンやパソコンなどの完成品メーカーが、半導体の設計や技術仕様を指示して、台湾などのファウンドリー(製造受託企業)に生産を任せる事業形態が浸透している。
今回検挙された台湾のUMCはファウンドリーが中核事業。マイクロンの主張によれば、UMCとともに中国国内でのDRAM生産態勢の構築を進めていた晋華が、UMCに技術窃取を持ちかけたとされる。
米司法省が摘発した3人には、UMCから移籍した形で、マイクロンが台湾に設立した現地企業のトップに就いた人物が含まれている。台湾企業と中国メーカーが密接に連携することが多いファウンドリー事業の中で、関係企業の機密保持が課題として浮かび上がった格好となった。
産業スパイをめぐり日本政府も、不正競争防止法上の「営業秘密」を守る制度改善に力を入れてきた。ただ、東アジアのハイテク業界でサプライチェーン(部品の供給・調達)の緊密化が進んだ今、日本の対応策に遅れが出れば、産業スパイ行為の「抜け穴」となって標的にされる恐れもある。
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