【ASEAN見聞録】マレートラの生息地、中国の“猫”需要が脅かす

 
27日、マレーシアの道路沿いにあるドリアン販売所。客が選んで購入すると、その場で中の果肉を出してくれる。当たり外れも楽しみのうち

 強烈な臭いと独特な味わいで「果物の王様」とも呼ばれるドリアン。東南アジアの華人らを中心に愛好されてきたが、中国で近年、高級志向とともに一大ブームとなっている。対中輸出の新たな主力産品にしようと、タイは農家に奨励策を展開。一方、マレーシアも中国への輸出拡大を狙い、政府主導で大規模なドリアン農園を造成する予定だが、開墾による森林伐採で、絶滅が危惧されるトラの生息地が脅かされる事態にも発展している。(吉村英輝)

 「猫山王」ブーム

 「中国のお客さんが関心を示すのは、ムサン・キング(猫山王)ばかりです」

 マレーシア南部ジョホール州のなだらかな丘陵に広がる「忠誠ドリアン農園」を経営するハン・シンケン(韓新根)さん(42)には、2年ほど前から中国の顧客からも問い合わせの連絡が入り始めた。ただ、栽培しているドリアンの中で2割弱に過ぎない、猫山王の品種ばかりが注目されるという。

 猫山王とは、204種類登録されているドリアンの中でも、人気の高い主力12品種のひとつ。50年ほど前から流通しているが、爆発的に人気が出たのはついこの数年だ。

 きっかけを作ったのは、マカオの「カジノ王」で実業家、スタンレー・ホー氏とされる。2010年、統合型リゾート施設(IR)のマリーナベイ・サンズの開業式のため訪れたシンガポールで、この猫山王にほれ込んだ。臭いのため、ほとんどの航空会社は預かり荷物でもドリアンの持ち込みは禁止しているが、同氏はプライベートジェットで88個を持ち帰り、うち10個を香港の有名資産家である李嘉誠氏にプレゼントした。この逸話により、猫山王は、「グルメ」と「富」の象徴として中国人社会の中で注目を集めだしたという。

 国連資料では、中国が昨年輸入したドリアンは前年比15%増の約35万トンで、5億1000万ドル(約580億円)相当。中国では、ドリアンを鍋料理やピザにも入れる“愛好家”も出現しているが、実際に味わったことがある中国人は「まだ1%」とされ、需要増は確実視されている。

 対中輸出合戦

 昨年に中国が輸入したドリアンの約4割はタイからだった。だが、15年に中国で販売されたドリアンは、果肉400グラムあたり、タイ産が12元(約200円)だったのに対し、マレーシア産の山猫王は200元と16倍以上で、価格とブランド面で差を開けられている。タイの英字紙バンコク・ポスト(電子版)によると、マレーシアに近く生産に適したタイ深南部では、マレーシアに対抗し、来年に3000トンを高品質ドリアンとして対中輸出しようと、農家842軒の2万4216本を対象に、地方政府が音頭をとったプロジェクトが進行中だ。

 一方、ドリアンの「本場」を自認するマレーシアも、対中輸出に本腰を入れ始めた。国営ベルナマ通信によると、仲買業者のベホー・フレッシュは、中国の電子商取引最大手アリババグループと、冷凍ドリアンの中国輸出で覚書きを結んだ。現在は果肉やペーストに限定されているが、中国の規制緩和を受け、来年には冷凍して果実のまま輸出ができることになったため、輸出を後押しすると期待されている。

 ロイター通信などによると、マレーシアはこうした取り組みで、年間生産量3万トンの約5%(1万4600トン)に留まっているドリアンの輸出について、30年には今より5割増に引き上げる計画だ。昨年のドリアン農園の総面積は7万2000ヘクタール。同国では、資源価格高騰を受けてパーム油を生産するアブラヤシ農園が拡大してきた。だが、過去5年で値段が約4倍に高騰した猫山王ブームを受け、ドリアン栽培に転向する農家も増えているという。

 環境悪化や値崩れも

 もっとも、ドリアン生産の過熱に、警鐘を鳴らす動きも出ている。

 マレーシア紙スターは10月、同国最大のドリアン産地、中部パハン州のラウブ周辺の自然林約400ヘクタールが、ドリアン農園開発のため伐採され、絶滅危惧種であるマレー・タイガーの生息域を脅かしていると報じた。政府系企業が猫山王の増産のために開発を進めているプロジェクトで、法的に違反はないが、追加で約800ヘクタールも伐採される計画で、隣接する自然保護地域の生態系を脅かすとしている。世界自然保護基金(WWF)マレーシアも、開発区域はトラの生息が確認された地域から外れているものの、隣接しており生息の可能性があると指摘し、懸念を表明した。

 他にも、前出のドリアン農家ハンさんは、「猫山王だけに偏った栽培は、品質低下や値崩れを招き、潜在的なドリアンの顧客を失うことになる」と危惧する。

 ハンさんの父親は1984年、ゴム農園だった土地4ヘクタールを購入し、300本のドリアンを植えた。1990年代に、「D24」という品種が人気となり「1回の収穫で農地代が全て回収できるほどの高値がついた。今の猫山王以上の盛り上がりだった」という。だが、乱作で品質が低下して10年ほどでブームは去り、ドリアン全体の人気も低迷した苦い経験がある。

 欧米からも顧客が

 ハンさんのドリアンは、収穫は年に2回。1本あたり400個ほど実をつけるが、優良な実だけを残して半分ほどを育てる。最もおいしいのは、1キロ程度に成長して成熟し地面に落ちたもの。これを24時間以内に食べる。1時間経過するごとに品質が変化する。顧客は農園を訪れ、さまざまな種類のドリアンを手に取り、アルコールにも似た芳香と、ほのかに苦みのあるカスタードクリームのような味の黄色の果肉を楽しむ。未成熟で木から切られたタイ産の輸出用ドリアンとは「全く違う」と、ハンさんは胸を張る。

 所得が高く、車で1時間ほどしか離れていないシンガポールからは、品質にこだわるドリアン・ファンが毎シーズン訪れるという。中国の顧客も増え始めているが、中国政府の意向で急に途絶えかねないだけに、中国客だけに頼った販売戦略は危険だとも感じている。「欧米からも客が来はじめている。日本を含めて多くの国の人に本物のドリアンを味わってもらうことが、安定した商売につながる」と信じている。

 ハンさんは2012年、隣接地を4ヘクタール買い増した。熱帯産果実のグアバやドラゴンフルーツの畑の中に、背丈が2メートルほどに伸びたドリアンの苗木が、約10メートル間隔で並ぶ。接ぎ木したドリアンの品種の中に猫山王はなく、新たな品種の栽培に挑戦している。

 「6年で収穫できるようになるが、品質の良いドリアンが採れるようになるには15年かかる。それまではグアバなどを育てて土地を有効利用するんです」

 高さ10メートルほどのドリアンの古木が次の収穫期を迎えるのは来年1月ごろ。訪問すれば、グアバなどさまざまなトロピカルフルーツと一緒に味わえる。

 ※「忠誠ドリアン農園」への問い合わせは、フェイスブック(Zhong Cheng Durian Farm)まで。