【専欄】ブルース・ウィリスも出演…ファン・ビンビンと「越境した」抗日映画

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 一連の范氷氷(ファン・ビンビン)事件で最も謎なのは、告発された「陰陽契約」の舞台、つまり4日で6000万元(約9億7400万円)が支払われたという作品は何か、という点である。あらゆる情報が暴露される中国のネットでも、作品名は特定されていない。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 しかし、ファンさんの脱税事件を取り調べた当局が発表したのは、2018年10月に公開予定だった映画「大爆撃」である。この作品において、出演料3000万元のうち1000万元しか申告せず、730万元を脱税したと公にした。

 告発された陰陽契約書での数字とは微妙に差があるが、脱税事件の裏に「大爆撃」があったというのは驚いた。何かと話題に事欠かない「抗日ドラマ」だが、これだけスキャンダルにまみれた作品はまれだろう。

 「大爆撃」は製作当初から、私も注目していた。越境した抗日ドラマ第1号だったからである。舞台は日中戦争さなかの重慶で、日本軍の爆撃と戦う中国人パイロットと、彼らの育成に協力した米国人志願兵が中心に描かれている。これまでの抗日と異なるのは、中国だけではなく、米国人も「ともに抗日」したという点だ。この米国人教官役を演じるのが、ハリウッドスターのブルース・ウィリス氏である。

 製作されたのは、日中関係氷河期の15年。当時は「反日」「抗日」の類がもてはやされ、そこに「米国だって抗日した」というテーマが加われば、話題にならない理由はない。

 同年11月に米ビバリーヒルズで完成記念パーティーが開かれ、製作側の「重慶爆撃を映画化することによって、正しい歴史を思い出させ、文化遺産として残していく」というコメントは、ロサンゼルス・タイムズ紙で報道され、ウィリス氏も「この映画はとてもおもしろい。私の家族はこれが好きだ」などというコメントを、米国向けに発信している。

 出演料3000万元を得たファンさんは「大爆撃」の中で、何を演じたのだろうか。日本的にいえば「特別出演」で主役ではない。演じているのは幼稚園の先生で、爆撃の最中、子供たちを守り、自分の命を犠牲にするといった役どころだ。撮影日数は3日、出演シーンはほんの数カ所だったという。

 米、中、香港、韓国のスターを結集した「大爆撃」は、一説には総製作費15億元ともいわれるが、18年10月の公開は北米の一部劇場にとどまり、中国では中止(無期延期)となった。(今月末に韓国で公開予定)

 「大爆撃」の上映中止の理由は、ファンさんの脱税問題だけではない。米中関係悪化とそれに伴う日中関係改善の兆し、安倍晋三首相の訪中などという政治的な背景も関係する。

 中国のメディアは中国共産党管理下にあり、芸能界もまた然りである。そこで起きることは、政治経済と無関係ではないことを、改めて感じた。