【5時から作家塾】「開かれた政治」の第一歩? オランダの各市役所で1月第1木曜日に開かれる「新年会」とは

 
開放された市議会議場(筆者撮影)

 オランダ全国で毎年恒例、伝統の「市役所新年会」

 オランダでは各市役所が、1月の第1木曜日の夕方に誰でも出入り自由の新年会を開くことが恒例である。木曜日である理由は、金曜日の終業時間からは週末とみなされ、最も大切な家族と過ごすための時間として公的な行事を入れることが好まれないから。同様に、学生や職場のパーティーの定番の曜日も金曜日ではなく木曜日である。あくまで家族とプライベートが最優先の文化が行事の日取りにも出ていて日本との違いを感じる。

 新年会の日は、開始の時間まで市長が入り口に立って来場した市民を出迎え、新年の挨拶をして「ここの暮らしはいかがですか」などと声をかけるのがお約束。また、欧米諸国の中でもその歯に衣着せぬストレートさが悪評高いオランダ人なので、聞かれた方もその場でズケズケと意見を述べ、話し込んでいる。周りで市長に挨拶したい他の人が何人も待っていようがおかまいなしである。

 また、オランダの市役所には必ず結婚式や国籍授与式などのためのセレモニールームなどがあるが、新年会の日は会議場も含むほぼ全ての部屋が解放され、市民が自由に見学できる。

 パーティーではシャンパンやおつまみなどが振る舞われ、市長以下市議会のメンバーも出席し、市民と語り合う。ドレスコードもないし、人によっては子ども連れで来ていることもあるが、印象としては参加者には地元で顔を広げたい有力者や、同窓会をしたい退役軍人やリタイアした市議などが多い印象だ。

 「予約不要・誰でも歓迎・飲み食べ放題・完全無料」で色々な人とわいわい飲めるこの新年会はどこの市民にも好意的に受け取られているようで、「税金の無駄遣いとは言われないのか?」という筆者の疑問にオランダ人は口をそろえて「むしろ市民への税金の還元だし、色々な人と会ったり、忌憚のない生の市民の意見を議会のメンバーとカジュアルに語り合う場として意義がある」と応える。

 オランダ南部・国境の街ルールモント

 今年筆者は、オランダ南部にある中規模の市・ルールモントの新年会に参加してみた。

 ルールモント市は歴史的に何世紀も周辺エリアの商業の中心地として栄えてきたが、2001年にヨーロッパ最大級のデザイナーアウトレット(マッカーサーグレン・デザイナーズ・アウトレット)がオープンして経済が再ブーストを果たしてからは、その他ビジネスもアグレッシブに誘致している。フランスを源流にオランダ・ベルギーを経由し、運河でドイツのライン川につながる欧州でも主要な河川のひとつ・マース川沿いに位置するが、その恵まれた地理的条件が仇となり、16世紀には80年戦争勃発のきっかけを作ったり、第二次世界大戦中にはドイツ軍に占領され街の90%が破壊・破損されたりと波乱万丈な歴史を歩んだ街だ。

 ドイツとベルギーの国境に挟まれ、市民の多くがオープンマインドでオランダ語の他に流暢なドイツ語と英語(と、人によってはフランス語)を話すという文化的な条件も国際的ビジネスに適していると目され、現在急成長中の自治体である。

 ルールモント市の新年会は

 ルールモント市の新年会は、その記録を14世紀以前までさかのぼることができる歴史的な市庁舎で行われた。

 入り口をくぐると、まずはピエール・カウパース(地元出身でアムステルダム中央駅の駅舎をデザインした建築家)とマリア・テレジアがお出迎え(関係者ボランティアのコスプレ)。

 市長との挨拶もそこそこに中に入ると、セレモニーホールには市の歴史を知ることができる展示がなされており、地元の生き字引的な高齢男性が数人、解説員として人と話していた。通常市議会が開かれる議場や市長室なども見学自由になっていて、ここがオランダで職場のデータが徹底的にオンライン化されているからできることだろうが(もし普段からあちこちに個人情報の記載された書類があったりしたらこんな開放の仕方は出来ないだろう)、それにしてもオープンだなあと感心した。

 パーティーは16時から始まり、市の繁栄を感謝し今後の課題を語る市長のスピーチと、若い世代代表のティーンエイジャーの将来への希望を語るスピーチを経て、その後は19時の閉会までひたすら歓談である。その間市長・市議は会場をまわり、市民と語る。

 人ごみの中を筆者がうろうろしていると、長年市議を務めている男性が「私は一曲ですが、日本語の歌を歌えるんですよ」と話しかけてきて、完璧な歌詞と発音で坂本九の「上を向いて歩こう」を歌いあげ、「うまいでしょ!」と笑った。同曲は60年代に欧州でも大ヒットしたので知っている人がいても不思議はないかもしれないが、それにしても9000km離れた外国の片田舎の新年会で地元の政治家に母国の歌を完璧に歌われるとは、シュールな体験であった。

 他にも挨拶に回ってきた他の市議に移民政策に対する考えを聞いたり、医師や店舗経営者、一人暮らしの高齢のご婦人まで普段の生活では接点のない人たちとも出会ったりし、なんというか色々な意味で外国人の筆者もその市を非常に身近に感じられる時間を過ごした。家に帰ってから投票権もないのに思わずインターネットで、新年会で会った市議のプロフィールやポリシーを詳しく調べてしまったくらいだ。

 もちろんこれは文化も社会システムも、ついでに言えば市庁舎の機能も日本とは全く違うオランダの習慣なので、来年日本で開催してほしい、というような話でもない。しかし例えば成人式などにこんなスタイルをちょっと取り入れる自治体があったら、若い人も政治や地元の発展に興味を持つ入り口になるかもなあ、などと思ったのも確かだ。まあ、毎年「荒れた成人式」がニュースになっているようなので、お酒はあまりたくさん出さない方がいいと思うが。(ステレンフェルト幸子/5時から作家塾(R)

 《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。

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