福沢諭吉“引退” 紙幣の顔は政治家から民間人、文化人へ
新日本銀行券の印刷開始式で刷り上った1万円札を確認した塩川正十郎・財務大臣(肩書は当時)=2003年7月29日
新一万円札の肖像画に「資本主義の父」渋沢栄一が選ばれたことで、昭和59年から約35年間、一万円札の顔を務めてきた思想家、福沢諭吉は“引退”することになった。福沢諭吉の前は昭和33年から約26年間、聖徳太子。五千円札、千円札も含め、紙幣の顔は、政治家などから民間人、文化人へと変遷してきた。
福沢諭吉の一万円札は59年11月にお目見えし、平成16年に裏面のデザインを変えるなどして発行され続けた。その前の聖徳太子は昭和25年発行の千円札、32年発行の5千円札のほか、複数回発行された百円札にも採用。日銀によると、お札の顔としての登場は最多で戦前2回、戦後5回に上る。知名度や国民から広く敬愛されていることが理由のようだ。
五千円札の津田梅子は、平成16年発行の作家、樋口一葉に続く女性。その前は昭和59年発行の思想家、新渡戸稲造、その前が聖徳太子だった。
千円札の北里柴三郎は平成16年発行の野口英世と同じ医学者だ。さかのぼると、作家の夏目漱石(昭和59年発行)、初代首相の伊藤博文(38年発行)、聖徳太子。1950年代発行の五百円札には明治時代の政治家、岩倉具視が使われたこともある。
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