【ニュースを疑え】「国のあり方考える機会」 無国籍だった早大教授にブレグジットを聞く
人はどこかの国に属している-ことになっているが、この枠組みからこぼれ落ちる人たちもいる。陳天璽・早稲田大教授もそのひとり。中国、台湾、日本の外交のはざまで生後間もなく中華民国の国籍を失い、30年以上無国籍だった。英国の欧州連合(EU)離脱やトランプ米大統領による国境の壁建設の動きを残念に思いつつも「国や国籍を考えるいい機会」だと言う。無国籍の立場から世界はどう見えるのだろうか。(聞き手 坂本英彰)
--英国は国境なき世界を歌う「イマジン」を作ったジョン・レノンを生んだ国ですが、超国家的な共同体を目指すEU離脱は全く逆ですね
「英国は歴史的にはいろんなところに出て行って自分のものにし、植民地をつくった国。それが内向きになっている。2001年の米中枢同時テロがきっかけかもしれませんが、世界各地で社会が内向きになってきている感覚があります」
「自己と他者、間にあるあいまいな部分が受け入れられなくなっているように思います。どうにかしてカテゴライズしたがる。ウィンウィンな関係にする発想が乏しく、むしろキックアウトしようとする。非常に残念です。社会は便利になっているが管理が強まった。お金もピッとカードをかざせば支払えるが、全部管理されている。自由な部分が減っているのです」
--EU内は自由に移動できたのに、それを閉ざすのがブレグジットです
「移民が入ってきて仕事が奪われる。ギリシャとか他の国の負債をカバーしたくない。自分たちの権益を守り、外から来る人を排除する動きですね」
マイノリティーがマジョリティーに
「おかしいと思うのは、肌の色が違う、信仰が違う人たちが一緒に暮らすダイバーシティー(多様性)がすでにあるのに大事にしないこと。映画『ボヘミアン・ラプソディ』でもフレディ・マーキュリー自身はイギリス人と思っているのに『パキ』(パキスタン人)と呼ばれていた。1960年代と同じことがいまも繰り返されている。なぜどこかの国にカテゴライズしないと気が済まないのか」
「ただ『ボヘミアン・ラプソディ』には多くの人が感動したという。彼は性的マイノリティーでもあったのですが、そういうマイノリティーを理解する人は確実に増えている。私にしてもチャイニーズと認められず日本人とも認められないヘンテコなひと。たとえば大坂なおみさんも、普通の日本人のイメージではないでしょう。そういうひとはいっぱいいます。社会は多様化し、いまのマイノリティーもいつかはマジョリティーになるでしょう」
〈陳さんの父と母は中国大陸に生まれ国共内戦の混乱で台湾に渡った。父は1950年代に留学生として日本に移住し、母は後に5人の子供を連れて来日、その後の1971年に横浜で陳さんが生まれた〉
〈1972年、日本は中華人民共和国と国交正常化する一方で台湾・中華民国と断交した。中華民国国籍だった両親は安全性やアイデンティティーなど悩んだ末に無国籍を選択。陳さんはさまざまな葛藤を経て2003年、日本国籍を取得した〉
--自身の経験が、国籍に関する研究や無国籍者の支援に向かわせたのですね
国の枠にはまらない
「国籍というのは人を管理するために生まれた制度です。昔から土地に住んでいた人のうえに国家という体制が乗っかってきた。それによって個人には義務が、国家には責任ができた。恩恵を受けるひともいるが、足かせになっている人もいる。陰の部分はあまり見られていません」
「自分の生い立ちもそうですが、国籍の問題で悩んでいるひとは多くいます。お父さんは日本人、お母さんは他の国のひとで自分は日本で生まれ育ったのに国籍は日本でないとか、仕事のうえでどうしても欧州のある国の国籍を取得しなければいけないが、そうすると日本の国籍を放棄しなくてはいけないとか」
--ひとは生まれる国を選べないが、それが一生を決める大きな要素になる
「生い立ちや家族、アイデンティティーなど、ひとつの国の枠にはまらないひとたちは多くいます。それを社会は見なかったり見過ごしたり、ほったらかしにしていたり。英国籍でもノーベル賞作家になれば出身ということで日本人に含めて話題にしますが、例外的なケースです」
--国籍にかわる制度はあるのでしょうか。国籍は家柄で決まる貴族社会のように不条理だが、国家の上に個人の権利を保障する制度はないからやむを得ないという主張もあります
「それはわかります。だからメンバーシップのような、対価を払うからサービスを得られるというふうなものはできないでしょうか。民族や宗教が違っても同じメンバーとして一緒にやっていこうと、そういうふうな社会になってもおかしくないと思う。対価を払えるなら複数登録してもいいんじゃないですか」
国の恩恵に慣れ
「出自とか愛着とかひとにはいろんな帰属性がある。あっちを取ればこっちは否定というゼロサムは不自然。いまでもパスポートを2冊も3冊も持っている人は多くいます。いずれ生体認証でパスポートもなくなりそうな気がします」
--そんな時代になるのは時間がかかりそうですね
「最近、マレーシアとインドネシア、フィリピンの国境地帯にあるスールー海に暮らす海の民バジャウのひとたちを訪ねました。彼らに国の概念はないんです。かつて海に国境などなかったし、いまも国に管理されるのは気持ち悪いという。出生届がされていない人も多いが、登録したからといって恩恵があるわけでもない。彼らは自分たちで安全を守り、医療も自分たちのなかで解決してきた」
「彼らの社会を見ると私たちは国の恩恵を受けることに慣れてしまっているようにも思うのです。逆に中国のように、情報を厳しく管理されるといった国家の問題もあるのですが。国の制度に照らしてメンバーシップのメリット・デメリットを考えれば、これからの生活にあった形ができるかもしれません」
未知数のブレグジット
--EUはメンバーシップではありませんが、構成市民の多様性を認めるという方向性はありました。ただ近年の移民・難民流入で障壁は高くする方向にあり、ブレグジットはそこからも出るという動きです
「たしかに英国の国民投票では、EUから出て行きたい人たちが多数だった。しかし英国という国家にとってだけではなく、英国民個々人のメリット、デメリットも未知数です。どうなるかわからないし、出てみたが失敗だと考えて戻ってくるかもしれない。英国人にとってもその他の国の人々にとっても国家や国籍のあり方、そのメリット、デメリットを考えてみる機会になると思います」
【プロフィル】陳天璽 昭和46(1971)年、横浜市生まれ。筑波大大学院国際政治経済学博士。国立民族学博物館准教授を経て早稲田大国際学術院教授。専門は国際コミュニケーション論、移民・マイノリティー研究、文化人類学。平成17年、自らの生い立ちをつづった『無国籍』を出版。他の著書に「パスポート学」など。
【用語解説】ニュースを疑え
「教科書に書いてあることを信じない」「自分の頭で考える」。2018年のノーベル賞を受賞した本庶佑・京都大特別教授はそう語りました。ではニュースを的確に理解し、事実から「真実」を見極めるにはどうすればいいでしょうか。各界の論客に時事問題を独自の視点で斬ってもらい、考えるヒントを提供するのがこの企画の狙いです。
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