ビジネスアイコラム

“リーマン”より深刻、対米摩擦で疲弊 「チャイナ・ショック」は底なし

田村秀男

 先の日米首脳会談でちょっと気になったのは、米中貿易戦争に関する安倍晋三首相とトランプ米大統領の間の微妙な「温度差」である。会談後の記者会見で、安倍首相は「米中両国が対話を通じて、建設的に問題解決を図ることを期待」と発言した。ひとごと、きれいごとではあるまいに。首相は6月下旬に迫った大阪での20カ国・地域首脳会議(G20サミット)のホストとして中国の習近平・国家主席に気を使ったかもしれないが、認識が甘いように思える。(産経新聞特別記者 田村秀男)

 同じ会見でのトランプ大統領の返事は「中国は取引を望んでいたが、取引をやる用意はなかった」と、例によってトランプ流諧謔(かいぎゃく)だ。中国からの輸入品全てに25%の高関税を適用するのに加えて、華為技術(ファーウェイ)などに対するハイテク禁輸はまさしく米国の対中封じ込め策そのものなのだが、トランプ氏は手の内は明かさない。

 米中対立は今後延々と続き、そのプロセスで疲弊するのは米国ではなく、中国経済である。既に減速が著しい中国景気は今後悪化が加速しよう。それに伴う海外への衝撃は「チャイナ・ショック」と定義されるが、拙論の見るところ、「リーマン・ショック」よりもはるかに深刻になりうる。

 理由は簡単だ。リーマン・ショックの舞台は金融市場であり、当局が市場原理を逆手にとって証券を買い上げ、かつ巨額の資金を投入すればソリューションに導くことができた。ところが、チャイナ・ショックは米側が要求を取り下げるか、中国側が全面降伏する以外、決着できない。いずれも不可能だ。

 米議会では野党の民主党が共和党よりも中国に厳しい。来年の大統領選を控え、トランプ氏は強硬路線で一貫するしかない。習氏もまた絶対に譲れない。米側の要求は中国に法律を作らせて、貿易不均衡解消や知的財産権侵害絶滅に導く。言い換えると中国共産党が指揮する商慣行、政策や制度を自らの立法で無力化させる意味がある。

 ファーウェイなど中国企業に関しては中国の国家情報法よりも、米国の法律に従わせようと迫る。ワシントンの要求をのむことは、自己否定同然なのだから、習氏ならずとも、北京がおいそれと取引に応じられるはずはない。

 それでも一時的な休戦の可能性がないわけではないが、少なくてもトランプ政権は年間3000億ドル以上に上る中国の対米黒字を1000億ドル以上減らさせるめどが立つことが最低の妥協ラインである。そうなると500億ドルにも満たない経常収支黒字は赤字に転落しかねないが、それは中国の通貨・金融システムを根底から揺さぶる。

 中国人民銀行は流入する外貨、すなわちドルを買い上げて資産とし、それを裏付けに人民元を発行する。外為市場は人民銀行が毎日決める基準交換レートによって管理する、事実上の「ドル本位制」である。外貨資産が減ると、通貨発行や人民元発行に支障をきたす。現に、人民銀行の資金発行と人民銀行の外貨資産はともに昨年9月以降前年比マイナスが続く。李克強首相は金融緩和を命じているが、実際には金融の量的引き締めが続いている。直接の原因は年間3000億ドルに上る資本流出だが、米国の対中制裁関税が全輸入品目に及べば国際収支赤字国に転落、その恐れだけで資本逃避が加速する。

 外貨不足を補うためには対外借り入れに頼るしかなく、既に昨年だけでも対外金融債務は2000億ドル以上増やしている。中国の信用不安は国際金融市場を揺さぶる。中国国内景気悪化と金融崩壊が同時進行し、チャイナ・ショックは世界を襲うだろう。

 米中貿易戦争の妥結めどは立たず、延々と続く。つまりチャイナ・ショックには終結の見通しはない。リーマン級にはならないと楽観して、消費税増税を強行するのは、まさに超弩級(ちょうどきゅう)の台風を前に雨戸を開けるような暴挙ではないか。