【寄稿】世界の温暖化対策の長期戦略は1.5℃レースの様相?

 
英気候変動委員会の提言で示唆される1.5℃に抑えることの重要性

 WWFジャパン専門ディレクター(環境・エネルギー)・小西雅子

 2050年実質ゼロを目指す欧州勢、見劣りする日本政府案

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2018年10月に発表した「1.5℃特別報告書」は、最先端の温暖化対策の立ち位置を大きく変えました。それ以前は、パリ協定が掲げる“2℃目標”を目指す計画を持つことで、温暖化対策で最先端の国・自治体・企業とみなされました。同報告書の発表以降は、1.5℃目標を達成するための目安「温室効果ガス排出量を2050年に実質ゼロ」を目指さなくては「最先端」とはみなされなくなりました。

 1.5℃目標は、パリ協定が採択されたCOP21(2015年)の最終局面で、国土が海面下に沈むなど温暖化の深刻な影響に見舞われている小島しょ国連合などの強い主張によってパリ協定の努力目標として掲げられました。1.5℃目標は当時の国連交渉で、小島しょ国やアフリカ連合などの低開発途上国やNGOによる“極端な主張”とみなされていました。

 それが同報告書により、1.5℃目標の達成には、2℃目標達成の目安となる「2075年までに実質ゼロ」を2050年に早めればよいことが明示されたことによって、その後の国連交渉も急激に変化しました。2018年末のCOP24では、ほぼすべての論点で1.5℃に言及されるほどで、1.5℃がグローバルな温暖化対策の主流となったことが印象づけられました。

 2050年実質ゼロが世界のトレンドに

 パリ協定は各国に対し、2050年を見据えた温暖化対策の長期戦略を2020年までに提出するよう要請しています。すでに提出されているドイツ、フランス、英国、カナダ、米国などの長期戦略は、いずれも1.5℃特別報告書が発表される前に国連に出されたもので、2050年実質ゼロの目標を持つ国はありません。最先端の目標を持つ国は今のところ、マーシャル諸島やフィジーといった小島しょ国だけです。

 しかし、各国は急速に長期戦略のアップデートを図ろうとしています。特に温暖化対策のリーダーを自負する欧州連合(EU)では、欧州委員会(EC)が1.5℃特別報告書の発表翌月に、「2050年までに気候中立な経済の実現を目指す戦略的展望(ビジョン)」※1を発表しました。ここでいう“気候中立”とは、温室効果ガス排出量を欧州域内全体で実質ゼロまで減らすことを意味し、2050年までに温室効果ガス排出量を1990年比80%削減するシナリオと90%削減するシナリオに加えて、カーボンニュートラル(実質ゼロ)のシナリオも示されています。

 同ビジョンには、1.5℃特別報告書の内容が数多く盛り込まれ、2℃よりも1.5℃に抑えたほうが温暖化の影響が相当程度軽減されることなどが記されています。そして、EUが「2050年までに温室効果ガスネットゼロ達成のために必要となる経済的・社会的ビジョンを示す」としています。

 マクロン仏大統領は同時期に、「2050年にカーボンニュートラル」を目指すプランを明らかにしました。

 さらに英国では今年5月2日、気候変動委員会(CCC)が英政府に対し、2050年までにCO2ネット排出量ゼロを提言しました※2。CCCは、英気候変動法に基づいて設置された有識者委員会で、政府にアドバイスする立場にあります。提言の前文には「2050年にネットゼロにすることによって、英国は気温上昇を1.5℃に抑える世界の努力をリードする」と明記されています。

 提言では、政府が通常算出する排出量には含まれない海運や国際航空便の排出まで含む形で目標が設定されています。重点分野として、低炭素電力の供給(2050年までに4倍)、効率的な建物と低炭素暖房(すべての建物)、電気自動車(EV)、炭素回収・貯留(CCS)技術と低炭素水素の開発、強力なFガスの段階的廃止、植樹の拡大、農場での排出削減対策などが掲げられています。英政府は現在、提言を真剣に検討中といいます。

 英国に触発されてか、これまで2050年実質ゼロに慎重な姿勢を示していたドイツのメルケル首相も5月14日、2050年までにCO2排出を実質ゼロにするための議論を始めると表明。本稿執筆中には、フィンランドの新首相が「2035年までにカーボンニュートラル」を目指すという政策パッケージを提示というニュースも飛び込んできました。

 都市/企業も2050年実質ゼロ

 2050年実質ゼロに向けた動きは、自治体やグローバル企業で著しくなっています。先進的な温暖化対策を約束する都市のイニシアティブ「C40」では、ニューヨーク、パリ、ロンドンはもちろん、ブエノスアイレス、カラカス、アクラといった途上国の都市も2050年カーボンニュートラルを宣言しています。2018年10月には、横浜市が日本の先陣を切って2050年も見据えて「温室効果ガス実質ゼロ」を宣言。今年5月11日には京都市で「1.5℃を目指す京都アピール」が発表され、同市は「2050年までにCO2排出量実質ゼロを目指す」ことを明らかにしました。同21日には東京都知事も「2050年にCO2排出量実質ゼロ」の目標を公表しました。

 グローバル企業では、2050年実質ゼロの目標を超えて、2030年などの早期にカーボンゼロを目指す企業が珍しくなくなってきています。「1.5℃」「2050年までにカーボンニュートラル」が事実上、世界の温暖化対策のトレンドになっています。

 先進的な温暖化対策を標榜する主体は、国・自治体・企業を問わず、1.5℃を踏まえることが不可欠です。特に長期ビジョンを描くために必要となるシナリオ分析に取り組む企業には、1.5℃をシナリオ分析に加えることを強くお勧めします。

 なお、4月に発表された日本政府の長期戦略案は、1.5℃に言及し、脱炭素化を打ち出しているものの、期限は明記されず、具体的な対策も乏しく、世界の潮流と比べて見劣りすることが否めません。政府案の再考を強く促したい。

 ※1 European Commission, A Clean Planet for all,2018/11/28

   https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/docs/pages/com_2018_733_en.pdf

 ※2 Committee on Climate Change, Net zero ? The UK’s contribution to stopping global warming, 2019/

   https://www.theccc.org.uk/publication/net-zero-the-uks-contribution-to-stopping-global-warming/

【プロフィル】小西雅子

 昭和女子大学特命教授。法政大博士(公共政策学)、ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。