プチエンゼル投資、じわり拡大 年間上限50万円、子育て感覚で支援
創業間もないベンチャー企業が苦労する資金調達を助けるエンゼル投資家は、日本で育たないと言われてきた。しかし、個人がインターネットを通じ少額でも非上場企業の株式を取得できる株式投資型クラウドファンディング(CF)の登場で変わろうとしている。投資先がCF運営会社の審査を通過している安心感もあり、投資額が1社当たり年間50万円までの「プチエンゼル」と呼ばれる投資家層がじわじわと拡大。プチエンゼルにとって優しい投資環境を提供する動きも活発化してきた。
スキルや人脈も提供
投資目的はIPO(新規株式公開)などによる売却益を得ることだが、それだけではない。「子育てと同じで、初期段階から成長を見守れるから」とプチエンゼルの一人は説く。経営ビジョンに賛同できるベンチャーには多くのプチエンゼルが出資し、1億円近い資金を集めるベンチャーも出てきた。
昨年11月に創業し、手術トレーニング製品を開発するKOTOBUKI Medical(コトブキメディカル、埼玉県八潮市)は6月、日本クラウドキャピタル(JCC、東京都品川区)が運営する株式投資型CF「ファンディーノ」を通じて591人から8930万円を集めた。あるプチエンゼルは「小さな会社の大きなチャレンジ。子供の成長を見る感覚が欲しかった」と投資理由を語った。
ファンディーノでの投資経験を持つシステムコンサルティング会社社長の60代男性は「社会を変える技術を持つベンチャーに期待して資金面で支援している。投資した以上は成功してほしいが、戻ってこないリスクも承知している」という。
不動産テック事業を手掛ける40代男性は「私も起業で失敗したことがある。エグジット(取得株式の売却益によるキャピタルゲイン)を求められる経営者の苦しみも経験している」と理解を示した上で、「だから資金を出して終わりではなく始まり。自分の持つスキルを生かせるなら提供する」と強調。資金の出し手にとどまらず、培ってきた経営スキルや人脈なども惜しみなく提供して、企業成長を支える考えだ。
資金調達面でベンチャーを支えるべき銀行は実績・担保重視から融資に消極的にならざるを得ない。創業時には銀行を説得できる材料を持たないからだ。ベンチャーキャピタル(VC)は創業間もない「シード期」より事業化を迎える「アーリー期」以降を対象に据える。他人から預かった資金を運用するだけに「戻って来ませんでした」とは言えず、成長が見込めビジネスが加速していく時期に資金を出すようになりがちだ。
シード期には不可欠
創業時の資金不足に悩むベンチャーの問題解決を担うのがエンゼルだ。引退した起業家や実業家が多く、成功して稼いだ資金を後進の育成に充てる。欧米ではVCと並ぶ資金供給源だが日本では探すのが難しいと言われる。
水深100メートルの海中旅行を楽しむという事業に挑むオーシャンスパイラル(東京都港区)は8月、ファンディーノで1035万円を調達した。開始から1分54秒という過去最速で募集額の上限に達した。
株式投資型CFでの資金調達は初めて。これまで頼ってきたのは主にエンゼル。米沢徹哉社長は「壮大な取り組みに機関投資家の理解を得られず、足を使ってエンゼルにプレゼン。夢を正しく伝えることで株主になってくれた」と語る。
ただ16年11月の創業以降、「約3000人と名刺交換し、その紹介でやっと巡り会えた。日本でエンゼルに出会うのは難しい」と吐露する。シード期にはプチエンゼルの支持が不可欠といえる。
実は、同社は立ち上げ時にファンディーノでの資金調達を目指した。「当時はビジネス構想のみで収益計画の根拠も不透明。ワクワクしてもそれだけでは無理」(JCCの高津鉄矢・案件管理部長兼発行者審査部)ということで持ち越された。
それだけ審査は厳しい。M&A(企業の合併・買収)のデューデリジェンス(資産査定)で培った目利き力などを持つ監査法人経験者やVC経験者など多士済々なスタッフが財務諸表や事業計画などをプロの目でチェックする。プチエンゼルの一人は「JCCの厳しい審査が投資の前提」と打ち明ける。
来春めど新市場創設
プチエンゼルに優しい仕組みも創った。ファンディーノを通じてベンチャーの新株予約権を購入するサービスで、投資家保護に重きを置いた。
9月の発表会で柴原祐喜代表取締役は「VCからの資金調達を想定するベンチャーが使う仕組みで、(プチエンゼルにとって)こうしたベンチャーへの投資機会が増える」と説明する。新しいサービスを使うとプチエンゼルは、VCが目をつけた将来有望株を手に入れられる権利を得る。投資リスクも減る。
JCCはさらに、来春をめどに未上場株の相対市場を創る予定だ。エグジット機会がIPOやM&Aなどに限られる中、プチエンゼル同士の株式交換の場を設けることで投資への安心感を高める狙いだ。
ベンチャーの初期段階から投資して成長を楽しむのがプチエンゼル。1人当たりの投資額は少なくても集まれば多くなる。成長資金が集まらず頓挫するベンチャーが少なくない中、支援者にもなってくれるプチエンゼルに秋波を送る企業が増えそうだ。(松岡健夫)
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