【5時から作家塾】住所を持つことのパワー フィンランド・ホームレスに永住住宅貸与で問題解決
▽台風で表面化した「住所を持たない」という弱みの思いがけない大きさ
つい先日、日本各地に爪痕を残し去って行った台風19号。風雨による直接的な被害はいうまでもないが、その一方で都内の一部の区の「住民を対象とした」避難所で、住所のないホームレスが受け入れを拒否されたケースが複数明らかになった。関連は不明ながら次の日に都内の河川敷でホームレスの男性と見られる遺体が発見されたことも相まって「人命よりも手続きが重要か」と議論を引き起こし、国会で首相が「(災害時の避難所は)すべての被災者を適切に受け入れることが望ましい」というコメントを出すに至った。
以前からも、日本において「住所を持たない人」の問題は存在感を増しつつあった。路上で生活するいわゆるホームレスはそのごく一部で、全国で毎晩4000人いると言われるインターネットカフェ難民や、車上生活の末に必要なケアを受けられず死に至る人などその実情はさまざま。その中には『漂流女子』などとも呼ばれる、しばしば風俗業を心もとないセーフティネットとしながらあちこちを泊まり歩く女性たちもいるし、「8050問題」が深刻視される全国200万人とも言われる引きこもり人口の多くはその予備軍だ。
その現状自体も社会的・人道的問題ではあるが、一度住所を失ってしまうとそこから這い上がることがほぼ不可能であるという構造的な問題が当事者たちの先行きをさらに暗くしている。
災害時と同様、路上生活者を対象とした行政のサービスも住所と紐づいているものがほとんどなので、住所がなければ申請できない。ならば自活しようと仕事を探しても住所がない者にまともな仕事はほぼ与えられない。ではまず住所を手に入れようとすると、賃貸契約にしろ住宅購入にしろ、仕事と安定した収入が必要になる。きっかけは些細なことであれ、一度「住所」を失った者はほぼそこから出られない「蟻地獄」にはまる。
▽世界的な問題となっているホームレスの増加
もちろん先進国であってもホームレスが増加しているのは日本だけではない。アメリカもEU諸国も中国も、長引く経済停滞、自然災害、移民や難民の流入などにより、近年軒並みホームレスの増加を経験している。特にアイルランド・ルクセンブルク・ベルギーなどで経済危機後の路上生活者の急激な増加が指摘されている。
福祉とイノベーション先進国のイメージが強いオランダですら今年、この10年で移民を中心にホームレスの数が倍増したことが判明。保健省長官のポール・ブロックハウス氏が数字にショックを受けたとし、「私たちのような豊かな国が、すべての国民の頭の上にまともな屋根を置かないことを恥ずかしく思うべきだ」と述べて対策を急ぐ意向を表明した。
▽EUで唯一「ホームレスの数を激減させた」フィンランドの試み
一方EU内で唯一、この10年でホームレスの数を目に見えて減少させた国がある。それが北欧の国フィンランドである。同国では10年前からホームレスに「永住するための住宅を貸与する」試みが続き、他のヨーロッパ諸国におけるホームレス数の増加を尻目に2008年からの7年間で35%減という目覚ましい成果を上げた。
家を与えて「ホームレス」を「ホームありの人」にしてしまうメソッドは、言葉遊びのような力業のような印象も受けるが、これにはそれなりの経験に基づく計算があった。
フィンランドも従来は多くの国が行っているように一時利用のシェルターで緊急時をやり過ごしながら、「まずホームレスの人が抱えている依存症の克服や就職の支援をし、将来的には家を持ちホームレスを卒業してもらう」というやり方で支援していた。だがそのやり方では最初のハードルが高くむしろ本人たちのプレッシャーになるだけで自尊心を下げ不安を高め、かえってパフォーマンスを下げるなど成果が捗々しくなかった。そこでまず安心して住める家を提供し、安定した生活と精神状態を手に入れてもらってから健康や就職に取り組むほうが効率がよいという方法論を採用したのだ。
10年前にヘルシンキだけで600以上運営していたシェルターは9割以上を閉鎖し、それとは別に国内で2億5000万ユーロを投資して入居用の住居を準備。入居者の収入の一部が家賃に天引きされ、残りは住宅を手配したNPOや政府からの住宅給付でまかなう。現在までに約7300戸の住居を提供し、全国で「元ホームレス」の入居者たちに職業訓練や自立訓練をするソーシャルワーカー300人の人件費も公的資金から捻出している。
それでも政府の概算では結果的に1年あたり被支援者1人当たり10万円以上の経費節減になったという。復職して人的資源となった彼らがもたらす経済効果はこの試算に考慮されていないが、従来のやり方では健康を維持できないホームレスが担ぎ込まれる救急医療、福祉的サポート、犯罪を犯したホームレスを裁き更生させるための警察や司法の手続きなど、路上生活が生んだネガティブな結果の後始末にばかにならない費用がかさんでいたのだ(日本でも、軽犯罪を繰り返すことで刑務所という『住まい』に身を寄せ続けているなどの高齢者がここ20年で5倍になり、刑務所職員と税の負担が問題となっている)。
極寒のフィンランドは昨年、広告制作会社による「外気温が7度以下になると最寄りのシェルターへの道を示す電光掲示板」が市民に歓迎されるなど、分け隔てない人権意識が強い国だった。そういった文化的素地に加え、元来の福祉大国で既存のシステムを活用できたことも大きかった。他の国でも同じ手法が成功するかと言えば、一概にそうも言えないだろう。
しかし彼らのホームレス対策に見るこの効率性と寛大さには、どこの国も見習える部分があるかもしれない。今年も空の下で暮らす人々に厳しい冬がもうすぐやって来る。(ステレンフェルト幸子/5時から作家塾(R))
【プロフィール】5時から作家塾(R)
1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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