【激動ヨーロッパ】欧州中銀にドイツの壁 新総裁ラガルド氏の手腕は
欧州中央銀行(ECB)の新たな総裁に今月、国際通貨基金(IMF)専務理事だったラガルド氏が就任した。金融緩和の是非をめぐり露呈した内部対立の解消や、ユーロ圏経済の減速への対応といった重責を担うが、ともに欠かせないのは、欧州最大の経済大国としてECBの政策に影響力を持つドイツの協力だ。ドイツはドラギ前総裁下で金融緩和に舵を切ったECBへの不満を高めている。どう協調関係を築くか、ラガルド氏の手腕が問われる。(外信部編集委員、元ベルリン支局長 宮下日出男)
■初演説はベルリン
「ドイツは欧州の理念を守るために必要なときは動く。欧州にとってよい解決は、ドイツにとってもよいのだ」
ラガルド氏は4日、総裁就任後初の演説を行い、こう呼びかけた。場所はドイツの首都ベルリン。ショイブレ元独財務相が地元の雑誌協会の表彰を受ける式典でのことだった。
ラガルド氏は金融政策に言及しなかった。だが、先だって出身国フランスのメディアで「財政に余裕のある国が必要な努力をしていない」と、名指しでドイツにユーロ圏のため投資を拡大するよう求めていた。演説でも暗に促した形だ。
一方、ショイブレ氏はユーロ危機対応で財政規律を重視するドイツの“顔”だった。5日、ロイター通信に対し、ラガルド氏をたたえつつも、「ECBの任務は限られている」と強調した。ショルツ現独財務相も「特別に(政府が)介入する状況ではない」と財政出動に否定的な姿勢をみせた。金融と財政をめぐるやり取りが映し出したのは、ECBとドイツの間に横たわる亀裂だ。
■ドイツ型から米型へ
亀裂を一気に深めたのはドラギ前総裁の下、ECBが再び金融緩和に舵を切った9月の理事会の決定だ。
米中貿易摩擦の余波や英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる不透明感で、ユーロ圏を含め世界の経済成長は、リーマン・ショック後で最低の水準に低迷すると予測される。欧州で「独り勝ち」といわれるほど好調だった独経済も失速は明白だ。
ECBによる国債買い入れの再開やマイナス金利の一段の引き下げは景気を支えるのが狙い。理事会ではドイツやオランダをはじめ「時期尚早」とメンバーの3分の1が国債購入に反対したのを、ドラギ氏が押し切った。理事会後は一部メンバーが公然と不満を述べる異例の状況となった。ドイツでは特に、ドラギ氏の下での超金融緩和に不満が蓄積していた事情もある。
そもそも金融緩和とは、中央銀行が国債購入や金利引き下げなどによって市場に出回るお金の量を増やし、企業が資金調達しやすくする政策。政府の財政出動と並び、停滞した経済活動を活性化するための重要な手段だ。市場のお金が増えることで、モノやサービスに対する通貨の価値が相対的に下がり、物価は上昇する。
ドイツの場合、第1次世界大戦後、巨額の賠償金への対応などのため、お金を大量に発行したことでハイパーインフレが発生。社会が混乱し、ナチスの台頭を招く背景になったとの反省から、第2次大戦後は物価の安定を優先し、中銀は大胆な金融緩和を控えた。財政政策とも距離を置き、中銀の独立性が重視された。
ドイツは単一通貨ユーロの導入で戦後の「誇り」としてきた独自通貨のマルクを手放したが、ECBへの最大出資国。総裁ポストこそ握ったことはないが、影響力は強く、ECBは「ドイツ式」の金融政策を引き継いできた。それを打ち破ったのがイタリア出身のドラギ氏だった。
ドラギ氏はユーロ圏のデフレ入り懸念が高まると、国債などを市場から買い取る量的緩和やマイナス金利といった金融緩和策をECBとして初めて実施した。独紙フランクフルター・アルゲマイネは、「ドイツを模範」としてきたECBの政策を、ドラギ氏がより柔軟な「米国型の路線」に転換したと批判。独出身のECB理事は抗議のために辞任した。
■お膳立てはできた
ラガルド氏はそんな不穏な状況下で就任した。今回の金融緩和で、ECBの打つ手がほぼ尽きたとみられていることから、ラガルド氏は景気を下支えするための財政刺激策に期待を寄せるが、ドイツは慎重姿勢を崩さない。
ただ、ラガルド氏がドイツを動かせる可能性はドラギ氏よりも高いとの期待もある。米スタンフォード大フーバー研究所のメルビン・クラウス上級研究員は英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿で、ドラギ氏は今回の金融緩和によって、その「お膳立てをした」との見解を示した。
ECBが買い取れる国債は各国の発行額の33%が上限で、ECBへの各国の出資比率に応じるなど制限もあるため、購入可能な国債は枯渇してきたとされる。購入枠を増やすためには制限の緩和が必要だが、その場合、ユーロ圏諸国の財政救済を禁じた規定に抵触しかねないという問題が生じる。
今後、欧州経済へのリスクが深刻化すれば、ドイツは、制限の緩和を容認するか、それとも財政出動を受け入れるかという「困難な選択を迫られる」(クラウス氏)。
ラガルド氏はドラギ氏が敷いた金融緩和路線を継承するとみられるが、同氏への反感まで引き継いだわけではない。時期尚早とも批判された9月の金融緩和は、ドラギ氏があえて“憎まれ役”を買うことで、後任のための環境を整えた-とも解釈できそうだ。
ラガルド氏はエコノミスト出身でないが、フランス財務相やIMF専務理事としてみせてきた調整力やコミュニケーション能力が高く評価されている。ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)のフラツシャー所長は「ECBの政策が利益になっていると、ドイツの一般市民にも伝えてほしい」とラガルド氏への期待を独メディアに語っている。
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