【ローカリゼーションマップ】全土封鎖のイタリアに悲惨な感染予測 それでも国民は歌声で鼓舞

 
イタリア政府の緊急措置の根拠となった感染予測(3月12日の日刊経済紙「イル・ソーレ・24オーレ」記事より)

 このコラムの原稿は3月14日に書いている。日々状況があまりに変化するので、「どの時点の状況に基づくか」を冒頭に明記しておく必要がある。

 3月8日、ミラノも新型肺炎の感染防止対策として封鎖対象になった。その翌日から矢継ぎ早にさまざまな措置が発表になり、まずイタリア全土が封鎖になり、次に食品と薬品以外の店舗は飲食店を含めすべて営業中止になった。場所を問わずに可能な仕事はスマートワーキングが奨められ、それ以降、製造や金融など限られた分野以外のオフィスは閉じられている場所が多い。

 なるべく外出は控えないといけない。食料の買い物はよい。しかし、人とは最低1メートルの距離はとらないといけない。すると店内が混み合わないように、店に入るために外で待つ必要がある。そのために行列ができるが、その行列も1メートル以上の間隔を維持しないといけない。

 週末、両親の家に子供たち家族全員で食事をする習慣も停止しろ、と。もちろん弱っている高齢の親の面倒をみるために移動するのを妨げる理由はない。それは積極的に行くべきだ。

 家にいれば息も詰まってくる。たまには外の空気は吸いたい。身体も動かしたい。その自由はある。だが、公園でバスケットボールをすれば、集団になり1メートルの間隔が保てない。小さな子どもを外で遊ばせるのはいいが、親たちがそこで会話に夢中になる環境は避けないといけない。

 ダメ尽くしである。

 それでもぼくの周囲を見る限り、つまりはミラノの一部の風景を見る限り、政令を破って自分のやりたいことをやる、罰金や禁固刑を覚悟している人が多いようにはみえない。

 「君の軽率な行動が他人に害を及ぼすのだ。責任感をもて!」と盛んに語られるのだ。それでも「イタリア政府の措置はやり過ぎではないか?」との声はイタリア国内外から聞こえてきた。そして特に国外メディアからは「イタリアは成績の悪い生徒」のような書かれ方をされる。

 そうこうするうちに先週後半になって、フランスやスペインでもイタリアと同様の措置が講じられはじめ、およそ1週間の差でイタリアの状況と措置を追っている。不運にもイタリアが欧州での感染先行国になったが、そのため欧州各国は「自分事として」イタリアの試行錯誤のプロセスに注視している。

 3月11日、イタリアの元首相、マッテオ・レンツィがCNNのインタビューに対し「他国はイタリアの過ちを繰り返すな」と語っている。「感染の初期にリスクを過少評価したことで、感染を広げてしまった。欧州の他諸国は何日かの差でイタリアと同じ状況になるはずなので、イタリアのミスを繰りかえさないよう、我々の経験を参考にしてください」と訴えている。

 実は、イタリア政府が3月8日に政令を出したときの判断の根拠となる感染予測データが日刊経済紙「イル・ソーレ・24オーレ」に掲載されている。3月12日の記事である。日が経過すると読めなくなる可能性があるので、記事中のグラフは切り取って画像にして示しておく。これを見ると、前述のレンツィの発言の真意が分かってくる。

 この記事によればイタリア政府の緊急措置は、次の予測に基づいている。

 1、3月18日前後に1日あたりの新しい感染者は4500人になる(3月14日現在で3000人を超えた)。これをピークにじょじょに下降線を辿る。

 2、4月末には新しい感染者はゼロに近づく。

 3、4月末までの合計感染者数は9万2000人。その3~4%が亡くなるとしておよそ3000人が死者数。

 現在までの中国の感染者は8万人で死者がおよそ3000人なので、人口比からみるとイタリアは最悪のパターンになりそうだ。悲惨な予測があるからこそ、今、急劇に感染が増加している他諸国に「イタリアをレッスンの対象とみてくれ」と強調するわけだ。

 そうでないと鎖国政策をとって4月末に事態が落ち着いたとしても、近隣諸国が渦中にある限り、普段のリズムに戻れない。各国が「あそこの国の措置は悪い」と批判し合っているタイミングではないのである。

 それではイタリア社会は、皆が皆、沈痛な面持ちで生活をしているか、といえばそうでもない。

 「ライフ・イズ・ビューティフル」という映画がある。1997年、ロベルト・ベニーニ監督は第二次世界大戦中のユダヤ人迫害を題材にした。さまざまな国際映画祭で話題になったヒット作だ。ご覧になった方も少なくないだろう。

 ユダヤ系イタリア人の父親・グイドは小さな息子・ジョズエと強制収容所で時を過ごす。人生には希望があることをジョズエに示すために、グイドは「ここの生活はゲームである」と思いこませる。良い子でいれば点数がもらえ、最後には離れ離れになっている母親とも会えるのだ、と。

 コメディ俳優のベニーニは、このグイドの役を見事に演じ、どんな苦境にあっても人生は謳歌するに値することを息子に教える。時には観客がイラつくほどに、グイドは陽気であり続ける。

 このグイドのような姿を、今のミラノの街中でも見かける。例えば、自宅のベランダからイタリア人なら誰でも馴染みのある曲を歌い、見知らぬ通り過ぎの通行人がベランダを見上げ歌を聴き入る。そして歌が終わると、お世辞ではなく、しっかりと拍手する。

 そう、しっかりと。それぞれが自らを鼓舞するかのように。この光景に接したとき、ぼくはベニーニの映画を思い出した。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。