日銀・黒田総裁を翻弄する中国の“大本営発表”
新型コロナウイルスの感染拡大による企業の資金繰り難は、9月までに解消する-。日本銀行が3月16日に決めた追加の金融緩和策の内容から、こんな見方が浮上している。企業が資金調達のために発行する社債やコマーシャルペーパー(CP)の買い入れ増といった企業の資金繰り支援を、日銀が今年9月末までの時限措置としたからだ。一方、金融市場の混乱に対応するために決めた上場投資信託(ETF)の購入枠の倍増は、「当面」として時限措置としなかった。期限を使い分けた日銀の意図は何か。
日銀は16日の金融政策決定会合で、社債やCPの買い入れ枠を計2兆円増やしたほか、中小企業の資金繰りを支援するため金融機関にゼロ金利で貸し付ける新しい制度も導入。これらの措置は今年9月末までとした。
16日の会見で、日銀の黒田東彦総裁は、資金繰り支援を時限措置とした理由について、「新型コロナウイルス感染症の収束がいつになるかは分からないが、ものすごく長いというわけではなく、一定の期間で収束に向かう」と説明した。
そして、新型コロナが一定期間で収束する根拠の一つとして指摘したのが「中国の状況」だ。
各国政府の発表などによれば、16日の時点で、世界の感染者は17万人で、死者は6000人に達した。ただ、発生地である中国は3月に入って、ほぼ横ばいで推移しているという。
この状況を念頭に黒田総裁は「中国は感染が収束に向かっており、生産も戻ってきている」と指摘。その上で「1~3月期の中国の成長率は非常に落ち込むが、4~6月期にはフルに回復してもおかしくない」と説明した。
黒田総裁は新型コロナの感染拡大による日本経済の下押し要因として、「訪日客が中国人を中心に大きく減少し、輸出も中国向けを主因に減少している」と説明する。実際、資金繰りに一番苦しんでいるのは「中国人訪日客に売り上げを頼る観光や飲食業、中国に部品を輸出する製造業」(大手銀行幹部)とされる。
逆に言えば、日本にとって最大の輸出先であり、訪日外国人の中で最も多い中国の経済活動が回復に向かい、国内の感染拡大も抑えられれば、それにつれて日本企業の資金繰りも比較的短期に改善する。これが、日銀が企業の資金繰り支援を時限措置とした最大の理由とみられる。
一方、金融市場の安定に向けて導入したETFの購入枠倍増に期限を定めなかったことについて、黒田総裁は「マーケット次第だ」と説明した。つまり、金融市場の混乱解消が見通せないというのだ。
すでに、感染は世界に広がっている。中国一カ国が収束したとしても、「世界的にみたとき、どの程度の期間で完全に収束するかは予測しがたい」(黒田総裁)状況だ。
16日の時点で欧州など各地の感染者数が、初めて中国本土を上回った。当初、新型コロナは、中国を中心としたアジアの問題とみられていたが、感染が一気に欧米にも広がった。
これに伴い欧米の金融市場も混乱に陥り、外国人の売買が大きい日本の株式市場なども動揺した。欧米も含めた世界での収束が見通せない限り、市場の混乱も完全には収まらない。
もっとも、黒田総裁は金融市場と同様、企業の資金繰りについて決して楽観視しているわけではない。16日の会見で黒田総裁は、時限措置とした企業の資金繰り支援について、「さらに必要であれば、当然延長もできる」と指摘することも忘れなかった。
中国湖北省政府は24日、新型コロナの感染が最初に拡大した同省武漢市を事実上封鎖していた措置を、4月8日に解除すると発表した。湖北省では3月18日から5日連続で新規感染が確認されないなど、感染拡大が収束に向かっていると判断していることが、その理由とみられる。
しかし、「中国の発表を事実として、うのみにしていいのか」(エコノミスト)などと、中国当局への不信感も根強い。当局の発表とは裏腹に中国の感染拡大が長引けば、比較的短期で日本企業の資金繰り難も解消するという日銀のシナリオも崩れかねない。
SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは「日銀が資金繰り支援を9月末までとしたのはあくまでも見通しの一つにすぎず、日銀が支援を延長したり拡大したりする可能性もある」と指摘している。