高論卓説

油価崩落で岐路に立つサウジ皇太子 資金散布の原資不足なら国民離反も

 ニューヨーク原油先物相場で指標となる米国産標準油種(WTI)の5月物価格が20日に前日比1バレル当たり55.90ドル安のマイナス37.63ドルで取引を終えた。マイナス価格を記録するのは、1983年にWTIが先物に上場してから史上初めてのことであった。その後、油価はプラスに転じたものの、再びマイナスとなる可能性は消えていない。(畑中美樹)

 この油価崩落がムハンマド・サウジアラビア皇太子の指導者としての資質に疑問を生じさせている。なぜならば、油価崩落の遠因が、3月上旬の石油輸出機構(OPEC)プラス諸国の減産拡大合意の失敗後、サウジが日量200万バレルもの増産と販売価格の大幅な引き下げを明らかにした点にあり、その決定を下したのがムハンマド皇太子とみられているからだ。

 現在、サウジは外交面で「イエメン内戦」「カタール危機」「イラン断交」といった終わりの見えない問題を抱えている。忘れてならないのは、これらがいずれもムハンマド皇太子が権力を掌握する過程で発生したということである。さらに、トルコとの気まずい関係も続いている。そのことを端的に示すように、トルコ検察庁は3月25日、一昨年の10月2日、イスタンブール総領事館でサウジ人のジャマル・カショギ記者が殺害された事件で、サウジ人20人の容疑者を起訴したと発表している。

 さらに、サウジは経済面でも岐路に立たされている。歳入の約8割を石油収入に依存するサウジの本年予算は約500億ドルの赤字を見込んでいるが、冒頭に見たように油価は大きく低下している。ちなみに、アナリストらは本年予算が油価55ドル、日量980万バレルで策定されたと推計している。

 サウジ経済の予測で知られる同国のアル・ラジヒ・キャピタルは、新たなOPECプラス減産合意での同国産油量を前提とした場合、仮に年平均油価が40ドルとしても石油収入が予算に比べて450億ドル強は減少するとみている。

 このままでは財政赤字の大幅な拡大は不可避と見たサウジ政府は、各省庁に予算上の歳出を少なくとも20%削減する案を3月中旬までに提出するよう要請している。同時に、赤字補填(ほてん)には国際金融資本市場での新規起債が必要になるとの判断から、従来、30%であった政府債務額の国内総生産(GDP)に対する上限比率を、3月中に50%へと引き上げている。尚、国際通貨基金(IMF)の推計では、政府債務残高の対GDP比率は昨年末時点で23%となっている。

 だが、皇太子本人はこうした多くの課題などどこ吹く風とばかりに権力固めに余念がない。例えば、3月6日には、有力王子4人がクーデターを計画していたとの理由で皇太子により突然逮捕されている。逮捕されたのは、サルマン国王の実弟アハマド・ビン・アブドルアジズ王子や、国王のおいムハンマド・ビン・ナエフ前皇太子ら4人であった。

 サウジ社会は各種政策を通じた資金散布で国民の忠誠心を得るという関係の上に成り立っている部分が少なくない。今後、国民の支持をつなぎとめるための原資がますます不足することは避けられそうにない。そうなれば、多くの国民が批判勢力に転じる可能性も出てこよう。ムハンマド皇太子の政治手腕が大いに注目される。

【プロフィル】畑中美樹

 はたなか・よしき 慶大経卒。富士銀行、中東経済研究所カイロ事務所長、国際経済研究所主席研究員、一般財団法人国際開発センターエネルギー・環境室長などを経て、現在、同室研究顧問。東京都出身。