【ローカリゼーションマップ】クールジャパンは欧州ラグジュアリー戦略を参考にできる 試される総合力

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 経済産業省がクール・ジャパン室を開設したのが、2010年6月だった。本連載のタイトルにあるようにローカリゼーションを自分の分野としているぼくは、クールジャパン戦略がもつ文化とビジネスの掛け合わせに嗅覚を刺激され、同年7月には霞が関の経産省に伺い、彼らの考える方向をインタビューした。

 サブカルチャーの海外市場への促進が1つの目玉であった。しかし翌年3月11日の東日本大震災の後、地方にある職人の手による製品にもスポットライトをあてるようにすると聞いた。そのとき、あの惨状を前にこうした軌道修正は当然だろうと納得した。

 政策発表当初、1990年代に英国のブレア政権が推進した「クール・ブリタニア」をモデルにしているとか、韓国の文化政策が先行しているではないか、という周囲の声が聞こえていた。

 さて最近、欧州連合(EU)がラグジュアリー分野の背中を押すことを決めたのが2012年だったと知った。クールジャパンと近いタイミングだったと気づいたのだ。いや、「EUも同様のプロジェクトを進めている」という話を当時どこかで聞いたような気もする。ただ、ぼく自身、日本と欧州の2つの動きがどの程度近似なのか、あまり深く考えていなかったのは確かだ。

 EUは「文化・クリエイティブ政策」のなかでこの領域を扱っている。2018年ベースで世界当該市場の70%以上を欧州企業が掴んでおり、それはEUの国内総生産(GDP)の4%を占め、輸出金額に至っては10%に達している。具体的な業界をあげれば、ワインや食からプライベートジェットやホテルまで実に幅広い。

 この1年、ラグジュアリーの次の方向、即ち新しいラグジュアリーの意味についてリサーチを続けている。4月にも「ラグジュアリーはモリスに回帰 社会性の高いクラフト感覚が求められる」とのコラムをここに書いたばかりだ。

 欧州におけるラグジュアリーの動向を見ていて、前述したクールジャパン政策との関連を思い出したのだ。EUが2012年からラグジュアリーやハイエンドをバックアップしはじめたのは、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、英国のそれぞれ各国にある高級ブランド企業が集まった財団なりが連携してEUにロビー活動をした結果だった。

 それまでも各企業や各国の組織が独自に動いていたが、EU域外へのアプローチやニセモノ商品の排除といった面でのEUの協力を求めたのである。2012年時点のラグジュアリー市場は、当該市場の規模的幕開けとされる1990年中ごろと比較して2倍以上のサイズに拡大していたため、数々の問題が噴出していたのでもあった。

 つまりある程度のビジネスが回っているところで交通整理をし、より戦略的な拡大を目指す必要があったと考えてよいだろう。それに対して、クールジャパンはアニメや食など個々に「伸びるかもしれない、あるいは伸びて欲しい」商材を育てる戦略であったと捉えられる。

 したがって、欧州と日本で似たようなソフトパワー政策を取りながら、まったく異なった背景に基づいていた。だが、今、これらを対比してみると、クールジャパンが欧州のラグジュアリー戦略を参考にできる点は多いとあらためて思う。

 欧州でラグジュアリー領域が成立するに、いくつかの要素が根底にある。まず産業クラスターである。南仏の香水、ドイツのゾーリンゲンの刃物、イタリアのヴェネツィアのガラスなど多数の産業クラスターが、いわば「聖地」のように存在する。

 一方、ロンドン、パリ、ミラノといった都市は、いわゆるブランド通りがあるだけではない。博物館や美術館などラグジュアリー領域のストーリーを語ってくれる場がある。また、レベルの高いビジネススクールでラグジュアリーマネジメントを学び、アートスクールでデザインを修めた人たちが、欧州各国のハイエンドな企業に散っていく。

 そして、フランスワインを世界に広めるために確立した営業システムとしてのソムリエのような仕掛けが、各種の分野で用意されてきた。あるいは、この数年、EUの環境政策と同期するようにラグジュアリー分野の各社はサステナビリティへと注力をはじめている。社会意識に敏感な政策でリーダーシップをとるEUとラグジュアリー領域が重なるのである。

 また、フランスのコングロマリットが発揮する統率力に依存する中央集権的な形態と、イタリアの各社が独自に「我が道をゆく」分散型形態が併存している。

 これらをみていると日本において企業レベルと政府レベルが何を考え、どこで協力すべきで、どこで協力すべきではないのか、という一連のヒントが浮上してくる。いずれにせよ、総合力が試されているのは言うまでもない。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。