中国、コロナ後のオンライン診療市場は
2月末、上海市の復旦大学付属中山徐匯雲病院(クラウド病院)は、公立病院として中国で初めてオンライン専門病院として認可された。2016年より試験運用され、4年間で延べ180万人以上に予約・診断サービスを提供、累計登録ユーザーは17万人超に達している。院内には3年以上の臨床経験を有する専業の医師が約15人、呼吸器科、循環器科など10超の科室が設置され、医師は中心病院での診察の合間などに患者に対応する。(野村総合研究所(上海)・鶴田祐二)
サービス利用者は、同病院の対面診療履歴がなくても24時間専門医の診察を受けられ、日本と同様に公的医療保険も利用できるのが特徴である。診断後は、処方された薬を早ければ当日自宅まで配送してもらうことも可能だ。今年2月末の正式稼働から3月下旬までの約1カ月足らずで、生活習慣病患者を中心に累計で診察件数約6000件、約1200件の処方箋が発行された。
大手IT中心に展開
受診の流れは次のようになっている。利用者はスマートフォンの徐匯雲病院のアプリのメニューから「診断する」をタップすると、利用可能な医師の専門分野などが表示される。医師を選択の上、ビデオチャットを接続。利用者は医師の表情を見ながら、ヘッドセットを身に着けた医師はパソコンのモニターに表示された患者の電子カルテを見ながら問診が行われる仕組みだ。支払いも含め1回の診察に要する時間はおよそ10~15分、目下は医療画像の共有などはないため、一般家庭のWi-Fiや第4世代(4G)通信規格回線があれば医師とのコミュニケーション品質は十分担保される。処方される薬については、受取場所を自宅か最寄りの指定薬局から選択でき、その支払いもオンラインで行われる。
オンライン診療は、新型コロナウイルスを機に突如出現したわけではない。中国のヘルスケア業界では15年が「インターネット医療元年」と呼ばれており、大手IT企業を中心に活発な投資が行われた。ネット大手のアリババグループによるオンライン診療プラットフォーム「阿里雲医院」、テンセントグループの「好大夫在線」「微医」、中国民間保険大手の平安グループによる健康管理プラットフォーム「平安好医生」はこのころ誕生し、サービスを拡大していった。18年6月頃には類似のサービスも含め、ネット病院は全国3000カ所、60もの専門領域がカバーされたとの報道もあり、これが今日のオンライン診療拡大のベースとなった。
では新型コロナ後のタイミングで、中国においてなぜオンライン市場の拡大が注目されているのか。
それは徐匯雲病院が「公立」で、病院自身がネット病院の運営主体であるからだ。初期に大手IT企業を中心に提供されたオンライン診療は、サービスに各社ばらつきがあり、オンライン診療をうたいながら予約で何日も待たされたり、都市によって公的医療保険の適用、還付基準が曖昧だったりと安心して利用できる水準でなかった。ブランドロイヤルティーが高くても、「命」や「健康」を預ける対象として「民営であること」「対面でないこと」が心理的障壁になっていたと指摘されている。公立であればそのような利用者の懸念が払拭され、また新型コロナにより院内感染を恐れて、一般市民が病院を利用しにくい状況となったこともオンライン市場の普及に拍車をかけている。
日本にとって参考に
中国で医療関連事業を展開する日本企業にとっては、オンライン診療やその保険適用が進めば、総体としての医療へのアクセス量が増加し、例えば医薬品メーカーの場合、新たな処方機会が生まれたり、オンライン診療のインフラを支える医療システムや、5G普及が本格化した際の医療機器市場が拡大したりする可能性がある。
オンライン診療を推進させるにあたり、中国政府は医療インフラ整備など黒子に徹し、医療保険など制度面での逸脱がないよう手綱は握りつつも、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)を始めとする有力企業に市場形成を担わせている。走りながら柔軟に戦略を調整していけるのが強みである。
日本と中国では医療の仕組みが異なるため一概に全てを導入することはできないものの、このスピード感や政府の関わり方は参考になると思われる。新型コロナを機に日本でも政府、企業と医療機関が一体となってオンライン診療利用促進のための中長期的な戦略を描く必要があるのではないだろうか。
【プロフィル】鶴田祐二
つるだ・ゆうじ 早大教育卒、米ノーザン・バージニア大経営学修士(MBA)。日系シンクタンクを経て、2008年野村総合研究所(上海)に入社。現在、産業三部総監。専門は消費財・小売り・ヘルスケア業界の事業戦略および業務改革。43歳。福岡県出身。