再生可能エネルギーだけでは到底無理…温室効果ガス実質ゼロは実現可能か
【経済インサイド】
初の所信表明演説で、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を2050(令和32)年までに実質ゼロにすると表明した菅義偉(すが・よしひで)首相。政府は「主力電源」と位置付ける「再生可能エネルギー(再エネ)」について、水素の活用やCO2の回収・貯留などさまざまな技術の活用で「革新的なイノベーション」を目指すと強調する。もっとも、排出量ゼロの実現には大規模な投資やコストの低減化も併せて必要で、高い壁が立ちはだかる。原子力などCO2排出量ゼロの電源も活用しながら、官民挙げての取り組みが加速するか関心が集まる。
9日昼、経済産業省庁舎の中庭には、トヨタ自動車が12月に発売予定で航続距離が従来車比で3割伸びた新型燃料電池車(FCV)「ミライ」が登場し、梶山弘志経産相が試乗した。梶山氏は「菅首相が表明したカーボンニュートラル実現には水素の利活用が重要だ。車に限らず水素の用途を増やす技術開発などを応援していく」と意気込みを示した。
菅首相が打ち出した「2050年温室効果ガス排出量実質ゼロ」は、さまざまな「再エネ」の新技術導入がカギとなってくる。
CO2を排出しない水素技術に関しては、すでにさまざまな取り組みが始まっている。今年3月には福島県浪江町に、“世界最大級”の水素製造能力を持つ「福島水素エネルギー研究フィールド」が誕生し、話題を集める。約6万8000枚の太陽光パネルの発電による電力で水を電気分解し、「水素」を製造。1日の水素製造量で約150世帯の電力1カ月分を賄え、エネルギーの「地産地消」のモデルとしても期待される。
もっとも、FCVに水素を供給する水素ステーション整備数に比べてFCVの普及が立ち遅れているのが現状で、開発とともに、水素活用のサプライチェーン(供給網)構築が急がれる。
一方、火力発電のCO2排出量を抑える「二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)」の取り組みも関心を集める。
カーボンニュートラルの考え方は、CO2の排出量と吸収量とがプラスマイナスゼロの状態になることを指すが、排出したCO2を吸収できるという点でCCUSが有益だ。
この技術に関連し、コンクリートにCO2を吸収させ、土木や建造物に活用する事例も動き出している。ただ、国内では、箱物予算が削減傾向にあり「CO2を吸収したコンクリートの利用を進めるには、公共事業などもある程度維持していく必要がある」(日本エネルギー経済研究所の田上貴彦研究主幹)。環境技術の進展だけでなく、国内のインフラ整備全体を見通しながら、導入を検討する必要がありそうだ。
発電所や工場で排出されるCO2を燃料や化学品に再利用する「カーボンリサイクル」技術の研究開発も重要な位置づけだ。10月には、日米両政府がカーボンリサイクルに関して技術や情報の共有で覚書を交わすなど、動きを見せる。
このほか、日本の場合、地上に場所が限られる風力発電に関し、洋上で対応しようと、商社などによる適地の争奪戦も水面下で激しくなっている。
「再エネ」の活用によるコスト増をどう考えるかも重要な議論となる。
同研究所の松尾雄司研究主幹は、「再エネが占める比率が低いうちは、コストも低下できるが、50%を超えてくると、例えば、北海道で風力で作った電力を東京まで送電する必要がある、といったように対策費用が上昇し、結果、コストも上がる。このことは注意が必要だ」と指摘する。
また、京都大の藤森真一郎准教授らは、再エネの各技術などのコストを詳細に積み上げた結果、2050年の再エネの利用による経済損失は国内総生産(GDP)の1%に相当する約7兆3000億円に上ると試算する。藤森氏は「温暖化による自然災害などが増える中で、再エネコストを議論してもらう狙いで算出した」と話す。
CO2を排出しない電源として重要な選択肢となるのが原発だ。
現行のエネルギー基本計画では、原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、令和12年度の電源構成で原子力を20~22%にするとしている。この数字を確保するには約30基の原発稼働が必要となるが、東京電力福島第1原発事故後に再稼働したのは9基にとどまるのが現状だ。
日本商工会議所の三村明夫会頭は「2050年に温室ガスネットゼロを実現させるには、再生可能エネルギー拡大だけでは到底無理。原子力は欠かせない」と指摘する。
また、日本原子力産業協会の新井史朗理事長は「国内の例で試算すると原発の100万キロワットあたりのCO2排出削減効果は(CO2換算で)年約310万トンで、現在日本の温室効果ガス排出量の約4割を占める電力部門の脱炭素化に貢献できる」と原発のインパクトを説明する。
原発整備に関し、加藤勝信官房長官は、今回の菅首相の表明を受け、「安全性が確認された原子力を含め、使えるものを最大限活用する」とし、再稼働については前向きともとれる発言をしている。
国の次期エネルギー基本計画策定に向け、電源構成の議論が始まったばかりだが、コスト面を含め、再エネや原子力などのエネルギーミックスの最適化をどう図るか。冷静で地に足の着いた議論が求められる。
海外は法制化含め先行
「温室効果ガス排出量実質ゼロ」を打ち出しているのは、欧州連合(EU)を始め、全世界の6割に相当する120カ国ほどに上る。
直近では今年9月、中国の習近平国家主席が国連総会一般討論のビデオ演説で、温室効果ガス排出量を2030年までに減少に転じさせ、60年までに実質ゼロにすると明言。世界最大の温室効果ガス排出国で、世界全体の排出量の約3割を占める中国が自ら表明したことで注目を集めた。関連して電気自動車(EV)やFCVなど「新エネルギー車(NEV)」の生産義務や、充電ステーションなどのインフラ整備を加速させる計画だ。一方で、石炭火力発電所の大型プロジェクトが進むなど、温室効果ガス排出量ゼロに矛盾する計画もあることから、実際の目標達成には曲折が考えられる。
先行する欧州では、英国やフランスなどで「排出量実質ゼロ」の法制化が進む。英国では19年に、50年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするため、「08年気候変動法改正法案」を可決している。主要7カ国(G7)の中で、50年までの排出量ゼロを法制化したのは英国が初めてとなる。フランスも英国とほぼ同時に、カーボンニュートラル達成へと従来目標を上方修正する法案を可決。EUは、「実質ゼロ」に向けた行動計画をまとめた「欧州グリーンニューディール」を発表している。
一方、G7の中で日本とともにこれまで実質ゼロ化を表明できずにきた米国も、大統領選で当選を確実にしたバイデン前副大統領が公約に「50年までの実質ゼロ」を掲げており、就任後、声明の発出に踏み切る可能性が高い。
日本の表明と時間を空けず「50年排出ゼロ化を目指す」と表明したのは韓国だ。ただ、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、同年までに排出量をゼロにすると確約するには至っておらず、今後、どのような対応をとるか注目される。
国際的な地球温暖化問題を話し合う第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が来年に延期されたが、日本は議論の主導権を再び握ることができるか試されることになる。(那須慎一)