中国が炭素中立を目指す5つの理由
習近平国家主席は9月の国連総会ビデオ演説で、2060年に二酸化炭素(CO2)の排出と吸収をプラスマイナスゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言した。経済成長を優先し、国内総生産(GDP)当たりのCO2排出量という慎重な目標にこだわっていた中国が、今回初めてCO2排出の絶対量を削減する目標を示し、しかもカーボンニュートラルにまで踏み込んだ。(日本総合研究所・瀧口信一郎)
背景には米国や欧州連合(EU)諸国との関係が悪化する中、国際協調姿勢を示す意図もあるだろうが、清華大学が長期シナリオで想定する60年のエネルギーミックスによれば理にかなった戦略とも解釈できる。そう考える理由は以下の5つである。
原子力市場で競争力
1つ目に、中国は欧米各国や日本と違い、原子力を増やすメリットがある。住民の反対により原子力の導入拡大にブレーキがかかっている国が多い中、中国は政府の強い権限のため住民の反対が制約になりにくい。世界で原子力発電所を新設しているのはロシアと中国だけであり、現在5%程度の発電量割合を5~6倍に拡大する計画は、発展途上国を中心にニーズのある世界の原子力発電市場での競争力につながる。
2つ目に、中国の再生可能エネルギー産業は世界のトップにある。太陽光発電は世界トップ10のうち9社が、風力発電は世界トップ10のうち4社が中国系企業である。年間日照時間が西方で2500時間を超え、広大な土地に偏西風が吹き抜ける豊富な再生可能エネルギー資源と国内の有力産業を結び付ければ、自国再生可能エネルギー産業の持続的発展につながる。
3つ目に、中国が自動車産業の覇権を握るための電気自動車(EV)産業強化が後押しになる。ガソリン自動車ではCO2の排出削減に限界があるが、EVは発電のカーボンニュートラルが進めば、相乗効果でCO2排出量は低減する。
10年猶予でも優位性
4つ目に、先進国の50年の目標に対して10年のタイムラグがある。中国はこれにより、欧米や日本が進める技術革新を踏まえてアクションを取れる。50年完成を目指した技術が60年に利用可能となることは十分ありうる。先に工業成長した先進国が発展途上国の成長を阻害する権利はなく、中国のCO2総量削減は難しいとのこれまでの主張を、10年猶予の根拠とできる。
5つ目に、原子力、風力、太陽光、バイオマスなど多様なエネルギーを活用できるため、残りの十数%に課題が絞られている。中国のリスクは現状で発電の6割を占める石炭火力である。30年までは導入が続く石炭火力は30~40年は使い続けるだろうし、天然ガスに転換しても化石燃料の問題は残る。ただ、そこに課題は絞り込まれている。
このように経済成長が軌道に乗り、大国となった中国は、合理的に国際貢献ができる段階にある。そこで見えてくるのは燃料そのもののCO2対策の潮流である。エネルギー利用で燃料をゼロにすることは考えられない。燃料を使わない風力発電や太陽光発電は蓄電池での貯蔵が必要だが、そのコストはばかにならない。また、再生可能エネルギーを補完する火力発電は、製鉄での燃料を全廃することはできない。
燃料のCO2対策は、水素燃料の利用かCO2の地中や植物への固定化、あるいは化学製品などで再利用するCCUS(二酸化炭素固定・有効利用・貯留)である。風力発電の限界が見えてきたEUでは燃料技術への関心がより高まっており、コロナ後の「グリーンリカバリー(環境投資による経済復興)」を打ち出し、水素やCCUSへの前倒し投資も焦点となる。
菅義偉首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、日本企業は対応に苦慮している。しかし、大規模風力発電・太陽光発電の導入拡大の短期勝負に巻き込まれれば、日本は他国技術へ依存し、貿易収支を悪化させるだけになる。中国、欧米各国との競争の視点から60年を見据え、再生可能エネルギーだけでなく、水素やCCUSが来年公表される日本の第6次エネルギー基本計画で重要なテーマとなる。
【プロフィル】瀧口信一郎 たきぐち・しんいちろう 京都大学理学部を経て、1993年同大大学院人間環境学研究科修了。テキサス大学MBA(エネルギーファイナンス専攻)。Jリート運用会社、エネルギーファンドなどを経て、2009年日本総合研究所入社。創発戦略センターシニアスペシャリスト。専門はエネルギー政策、エネルギー事業戦略、分散型エネルギーシステム。著書に『中国が席巻する世界エネルギー市場 リスクとチャンス』『ソーラー・デジタル・グリッド』(ともに日刊工業新聞社・共著)、『エナジー・トリプル・トランスフォーメーション』(エネルギーフォーラム・共著)など。1969年生まれ。