タイ、非正規国境越えでコロナ持ち込み 感染抑え込みの優等生に落とし穴
今年3月下旬から始まった新型コロナウイルスの「第1波」を無事乗り越え、半年以上にわたって国内感染の抑え込みに成功してきた東南アジアのタイ。近隣のミャンマーやマレーシアでは累計感染者数が8万~10万人に達しようとしているのに、わずか4000人程度と感染症対策の優等生ぶりを発揮している。ところが、11月末~12月初旬に起こった「騒動」はこうした実績を吹き飛ばすかの悪い知らせとなった。発生現場は最北端の国境の街。日本では想定しえない陸路国境を持つ国の新型コロナ感染の脅威だった。
新型コロナ感染症を抑え込んできたタイでは、5月上旬以降、1日当たりの感染者は数人から多くても十数人程度。しかも、そのほとんどが国外からタイに入国した人々だった。政府は徹底した水際対策でこうした感染者によるウイルスの持ち込みを防止。結果、観光産業への影響は依然として強く残りながらも、市民の生活は平時の状況に戻りつつある。鉄道などの乗車時や百貨店など商業施設へ立ち入る際にはマスク着用が義務付けられているものの、それ以外ではほとんど不便を感じないまでとなっていた。
ミャンマーで労働
しかし、その悪い知らせは11月27日、タイ北部チェンマイ県の病院から保健当局に寄せられた情報で明らかになった。その3日前にミャンマー東部シャン州タチレクからチェンライ県に入国したというタイ人女性(29)から、新型コロナの陽性反応が出たというのだ。女性は発熱や下痢を訴えていた。濃厚接触者も含め、接触があった人は少なくとも300人に上った。
聞き取りを行った担当者がそれ以上に驚いたのは、女性が正規の国境ではない非正規ルートを使って入国したという事実だった。女性はタクシーでチェンマイ県に移動後、商業施設で知人らと映画鑑賞や買い物、食事を楽しんでいた。このため、観光客が戻りつつあった同県では当該商業施設を全面閉鎖。消毒を行うなどの対策に追われた。年末にかけての宿泊予約はキャンセルが相次ぎ、その合計は2000件近くにも及んだ。地元観光協会は観光客が新型コロナに罹患(りかん)した場合、治療費を負担すると確約するなど旅行客の引き留めに忙殺された。
警察と国境警備隊が調べたところ、女性はタチレクにある娯楽施設を備えたホテル「1G1ホテル」で働いていたことが分かった。さらに、12月上旬にかけて女性を含む20~30代の女性ばかり計10人が非正規ルートでタイに入国していたことも判明。追跡の結果、全員が陽性と認定され、それぞれ身柄を隔離された。供述によれば、なお200人近いタイ人女性が同施設にいることも確認された。最初の女性以前にも80人を超えるタイ人女性がタイに非正規ルートで入国したという情報も寄せられた。
同ホテルにはナイトクラブが併設されており、ミャンマー人や中国人の富裕層が客として宿泊を兼ねて利用していた。クラブ内でお目当てのタイ人女性を探し求めた客は、そのまま自室に招き入れ夜を過ごす。働いていた若いタイ人女性たちは新型コロナによってタイ国内で職を失った人たちが多く、ホテル側が提示した破格の報酬につられ国境を越えていた。
ブローカーが手引き
こうした中、ミャンマー国内での感染拡大が深刻化。同政府は夜間外出禁止令を出して取り締まりを強化した。ホテル側もこれ以上の営業継続は困難と判断し、クラブを一時閉鎖。仕事と行き場を失った女性たちは帰国を余儀なくされた。だが、正規ルートでの入国時に14日間の強制隔離が行われることを知り、それを避けるためにブローカーの手引きのまま非正規ルートで国境を越えていた。
チェンライ県とミャンマー・シャン州の国境には川幅十数メートルのサーイ川(ルアック川)が流れるだけで、乾期の現在は水深が1メートルに満たない場所も少なくない。このため、かねてより麻薬や酒類の密輸などが行われる地域として監視の対象となっていた。女性たちがどのように国境を越えたかは分かっていないが、現在は24時間体制で警備が続けられている。
ミャンマーでは、8月末にわずか700人台だった感染者が12月初旬には10万人を突破。勢いは衰えていない。非正規ルートでの帰国を画策したタイ人女性以外にも、仕事を求めてタイに密入国を試みるミャンマー人が後を絶たず、タイ北部ターク県では8000人以上が逮捕されている。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)