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消えゆくか?北京の「小産権房」 アジア経済研究所・任哲

 2019年から北京郊外の別荘地では立ち退き問題をめぐり、政府と住民がもめることが頻発している。地方政府が強権的なやり方で住民を追い出す行為は過去の報道でもよく見られる。しかし、今回の場合、住民側が守ろうとするのは全てが「小産権房(しょうさんけんぼう)」といわれるものだ。

 ◆格安の違法建築物

 小産権房とは、土地譲渡の手続きを踏まず、かつ正式な建築許可もない建物であり、いわば違法建築である。北京の不動産価格高騰により、00年代に入ると、市内中心部から遠く離れた郊外の物件が注目されるようになる。これを商機と捉え、郊外の農村では小産権房の建設ブームが起きた。高額な土地譲渡の手数料を納めてない分、通常の物件より格段に安いのが最大の魅力である。

 小産権房の建設を主導するのは村の幹部である。村人を説得し、一定規模の建設用地を確保した上で、デベロッパーを誘致する。建物は中低層のアパートがメインで、山間部では一戸建ての別荘が多い。無論、違法建築であるがゆえに、正式な不動産登録証明書はない。代わりに村の自治組織である村民委員会が証明書を発行し、購入者に何らかの担保を約束する形をとる。担保の内容がいかにせよ、購入者にとって小産権房は一種の賭けである。末端の行政では小産権房の問題を把握しているが、地元の経済発展に有利であることから村の行動を黙認していた。各種の要因が相まって、一時期は郊外の不動産取引の2割超を小産権房が占めていた。

 10年頃から、北京市政府は域内の小産権房の実態調査に乗り出し、建設に関わった村の幹部とデベロッパーを摘発しただけでなく、一部の建物も撤去した。しかし、大半の小産権房は壊されず、取引も続いた。そして、19年に再び小産権房を撤去する波がやってきたのである。なぜ、8年以上も放置された小産権房を今になって集中的に取り壊すのか。

 ◆習指導部が問題視

 最大の理由は最高指導部の風向きの変化である。陝西省西安市の秦嶺(しんれい)自然保護区で1000棟以上の別荘が違法に建てられたことを、習近平指導部は何度も問題として指摘した。しかし、複雑な利権、経済的な理由から地元幹部は問題の解決を怠った。18年には党中央規律検査委員会が現地に派遣され、問題の解決に臨んだ。その結果、陝西省元党書記を含む多くの幹部が政治規律、汚職を理由に摘発されることとなった。北京市政府が大急ぎで郊外の別荘を撤去するのは、二の舞いになりたくなかったからなのである。

 もう一つの理由は、19年に修正された土地管理法にある。それまでは農村の土地を村の外に譲渡することは禁止されていたが、新しい法律では、農村の住宅用地だけは外へ譲渡することが可能となった。法律の制定に先立ち、全国の農村の土地所有権、使用目的の確定作業もほぼ完了した。小産権房は、違法に土地の使用目的を変更し取引されたので、新しい法律を実施するには厄介な存在である。そのまま放置すると、過去の違法行為を追認することになりかねないのだ。

 もっとも、北京市政府が全ての小産権房を撤去するとは思えない。別荘の場合、利害関係者は限られるので強行突破はできるが、中低層のアパート群で作られたコミュニティーになると利害関係者が多く、社会の安定を損なう大事件にエスカレートする恐れがある。このため、土地譲渡費用の追加納付や罰金などで妥協することが選択肢として残る。北京市政府が政策を徹底的に執行するのか、それとも何らかの妥協点を見いだすのか。今後の変化に注目したい。

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【プロフィル】任哲

 にん・てつ 北京大学卒業後、早稲田大学に留学、国際関係学博士。北海道大学スラブ研究センター研究員を経て2011年に日本貿易振興機構(ジェトロ)・アジア経済研究所に入所。専門分野は現代中国政治。著書に『中国の都市化』『中国の土地政治』ほか。中国吉林省出身。