真山仁の穿った眼

堀さんに、叱られる!? 人生の師、堀貞一郎が重視したホスピタリティ

真山仁

 安全あってこその「おもてなし」

 私には、人生の師と考えている人が二人いる。

 その一人が、堀貞一郎さんだ。

 電通在籍時代の1970年、大阪で開催された万国博覧会で、人気パビリオンをプランニングし、その経験を買われて移籍したオリエンタルランドで、東京ディズニーランド(TDL)の誘致に成功した人物だ。既に鬼籍に入っているが、その創意工夫の素晴らしさと圧倒的な実行力、そして、懐の深い人間力には、一生かかっても追いつけないと思っている。

 堀さんは、TDLの開園以来、“ホスピタリティ”を重視した。

 「わが家に帰ってきた時のような安心感とぬくもりを自然に感じてもらえるサービスを提供する」と定義した堀さんに、そのために最も重要なのは、何かと問うた時、意外な答えが返ってきた。

 「安全です。パーク内にあるさまざまなアトラクションには、それを楽しんでいただくための絶対に譲れない安全基準があります。お客さまに喜んでいただけるなら、何でもやって良いと教えるのが、われわれのサービスですが、安全基準だけは、絶対に例外を認めません」

 安全があってこその「おもてなし」だというのだ。

 例えば、アトラクションによっては身長の基準がある。それに満たない場合は、体験できない。基準以下では、安全装置が完全に機能しないため、事故に遭う可能性があるからだ。

 そのアトラクションを楽しむために、遠路はるばるやってきた子供がいても、基準値に達していなければお断りする。それは現在も、揺るぎなく続いている。だからこそ、毎日大勢の来園者があっても、東京ディズニーリゾートでは、規定違反が原因の事故は起きない。

 “安全”を世界に保証できる状況か

 だが最近の日本社会では、こうした安全への配慮が軽く考えられがちな気がする。

 例えば、今や何事においても「自己責任」の時代だ。「本人が、自分で責任を取る」なら基準を破っても致し方ないと考える人もいるかも知れない。

 一見成熟した社会のようだが、そんな考えがまかり通る施設に、ホスピタリィを提供する資格はあるだろうか――。

 普段は、温厚で、情に厚い堀さんだが、安全を重視する点については、頑固一徹だった。

 ここまで書けば、何を言いたいかおわかりかも知れない。

 「お・も・て・な・し」なる殺し文句で、五輪を招致した日本はいま、堀さんが絶対に譲れないと訴えた“安全”を世界に保証できる状況だろうか。

 天国の堀さんに叱られないように、いや、「おもてなし」としての五輪の名に恥じないために、われわれは何をどう決断すべきなのか。答えは自ずと見えてくるはずだ。

昭和37年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科を卒業後、新聞記者とフリーライターを経て、企業買収の世界を描いた『ハゲタカ』で小説家デビュー。同シリーズのほか、日本を国家破綻から救うために壮大なミッションに取り組む政治家や官僚たちを描いた『オペレーションZ』、東日本大震災後に混乱する日本の政治を描いた『コラプティオ』や、最先端の再生医療につきまとう倫理問題を取り上げた『神域』など骨太の社会派小説を数多く発表している。初の本格的ノンフィクション『ロッキード』を上梓。最新作は「震災三部作」の完結編となる『それでも、陽は昇る』。

【真山仁の穿った眼】はこれまで小説を通じて社会への提言を続けてきた真山仁さんが軽快な筆致でつづるコラムです。毎回さまざまな問題に斬り込み、今を生き抜くヒントを紹介します。アーカイブはこちら