「リフレ派」日銀内で存在感 緩和推進…副作用警戒の主流派と火花
日本銀行の金融政策を決める政策委員会で、金融緩和に積極的な「リフレ派」の重みが増し始めた。3月末に退任する桜井真審議委員の後に専修大の野口旭教授が入ることで、メンバー9人のうち4人がリフレ派となる。一方、日銀は19日の金融政策決定会合で、長期金利の変動幅を明確化するなど、金融緩和の副作用対策に乗り出した。黒田東彦総裁の後任人事も取り沙汰される中、金融政策をめぐる対立が熱を帯びていきそうだ。
菅政権下でも起用
リフレ派とは積極的な金融緩和を通じて景気の回復と緩やかな物価上昇を促す経済政策「リフレーション」を支持する学者やエコノミストを指す。金融緩和で世の中に出回る通貨の量を増やせば、人々が予想する将来の物価水準が上がり、物価が下がり続けるデフレの状況から脱却できると主張する。
リフレ派としては安倍晋三前首相の経済ブレーンとされる浜田宏一米エール大名誉教授らが有名で、経済政策「アベノミクス」を理論面で支えた。新たに政策委員になる野口氏も金融緩和と財政出動の協調に力点を置く「バリバリのリフレ派」として知られる。
自民党が2012年12月に政権を奪還して以降、日銀の総裁と2人の副総裁、6人の審議委員が務める日銀政策委員の顔ぶれは、安倍政権が推薦する人材を受け入れて徐々にリフレ派色を鮮明にしてきた。
岩田規久男前副総裁を中心としたリフレ派の集まり「昭和恐慌研究会」からは、岩田氏と後任の若田部昌澄副総裁のほか、原田泰前審議委員と後任の安達誠司審議委員が送り込まれた。片岡剛士審議委員も追加金融緩和を訴え続ける強硬なリフレ派だ。
野口氏の就任は菅義偉政権発足後、初の政策委員人事となる。野口氏の起用が決まり、菅政権は安倍政権同様、日銀に強力な金融緩和を期待していることが確認された。
日銀は今年4月下旬には、23年度の経済・物価見通しを公表する。この中で示される物価上昇率は日銀が目指す2%を大きく下回る数字が出てくることは自明で、リフレ派が金融緩和強化を求める声を高める可能性がある。
ただ、近年はリフレ派が主張する大規模金融緩和に伴う副作用も強くなってきた。ゼロ金利の長期化により金融機関が融資で得られる金利収入を増やしにくくなり、経営体力が弱くなるなどの問題が指摘されている。
異次元「出口」遠のく
こうした中、日銀は今月19日、長期金利の変動幅の明確化のほか、上場投資信託(ETF)の買い入れの柔軟化などを決めた。このうち長期金利については、現在の誘導目標である0%程度から上下に動くことをこれまで以上に容認することで、金融機関の収益改善につなげる狙いがあるとみられる。
このような金融資本市場に影響を与える可能性のある議論を、金融取引が活発化する年度末に行うことには不自然な面もある。大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは「野口氏が日銀に入った後にどういう言動を取るかは本人にしか分からない。副作用の問題やこれまでの議論の経緯を知っている桜井氏がいるうちに実施しておきたかったのではないか」と勘繰る。
また、市場では、23年4月上旬で任期満了を迎える黒田氏の後任人事への関心も高まる。18年4月に黒田氏が2期目に入った当時は、雨宮正佳副総裁の総裁への昇格が既定路線とみられていたが、ここへ来て、総裁人事をめぐる観測は混迷を深めている。
総裁人事の決定権を握るのは菅首相だが、新型コロナウイルス感染拡大対応の遅れに官僚の接待問題などが重なり、政権の弱体化が指摘されている。最近の世論調査での政権支持率は昨年9月の発足時と比べ大幅に低下した。
そもそも菅首相自身が「アベノミクスの継承」を看板に掲げながらも、マクロ経済政策について具体的にどのようなビジョンを描いているのか伝わってこない。首相については「携帯電話料金の引き下げなど国民の日常の不満解消を優先している」(岩下氏)との見方が目立つ。
「異次元の金融緩和」の開始から8年近くたち、昨年はコロナ禍への対応で金融緩和を強化。「出口」はさらに遠のいている。リフレ派が訴える金利水準のさらなる引き下げは、副作用の拡大が避けられないだけに金融政策をめぐる議論は激しさを増しそうだ。(米沢文)
後任委員候補 「5人目」ならず
現在の日銀政策委員のうち政井貴子審議委員は6月下旬に任期満了を迎える。一部では政府によって5人目のリフレ派が後任候補に選ばれるという観測もあったが、政府が今月9日に人事案として国会に示した候補は野村アセットマネジメントの中川順子社長だった。
中川氏は専業主婦から仕事に復帰して金融機関のトップに上り詰めた異色の経歴を持つ。国会で人事案に同意が得られれば、女性経営者として初の審議委員となる。中川氏は若年層の資産形成支援など、投資家の裾野拡大に注力してきた。金融緩和の副作用を懸念する日銀主流派の立場にも一定の理解があるとみられている。