ルネサス工場火災が半導体不足に拍車 問われる日本の対応力
半導体不足が深刻化している。3月19日にはルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)で火災が発生。昨年秋以降の世界的な半導体不足に拍車がかかり、自動車生産への大きな影響は避けられない見通しだ。頻発するサプライチェーン(供給網)の寸断は産業のコメと呼ばれ、デジタル経済の要にもなる半導体の重要性を再認識させ、その確保が「経済安全保障」に直結する事実を浮かび上がらせた。
「半導体供給に大きな影響が出ると危惧している」
ルネサスが火災発生2日後の3月21日にオンライン上で開いた記者会見。柴田英利社長は苦渋に満ちた表情で声を絞り出した。
火災は3月19日午前2時47分ごろ、先端品を担う2階建ての建物「N3棟」の1階で発生した。従業員がメッキ工程で使う装置から煙が出ているのを発見。すぐに消防へ通報したが、周囲に燃えやすい樹脂が使われていたことから、鎮火に約5時間半かかった。
原因はメッキ装置への過電流が発生したためで、放火などの事件性はないという。ただ、過電流の発生原因や火災時に落ちるはずだったブレーカーが作動しなかった理由など、分かっていないことも多い。
もともと半導体は、昨年秋ごろから不足が目立っていた。
半導体各社は、米中貿易摩擦や新型コロナウイルス感染拡大で先行きの不透明感が増す中、「作りすぎ」を警戒して保守的な生産計画を立てていたとされる。ところが第5世代(5G)移動通信システムの普及や巣ごもりの浸透、テレワーク拡大などで、スマートフォンやパソコン、ゲーム機の需要が予想以上に増加。さらにコロナ禍で落ち込んでいた自動車の生産が急回復し、奪い合いの状況を呈し始めた。
しかも、2月中旬には米テキサス州を寒波と停電が直撃。韓国サムスン電子の半導体工場や自動車用半導体大手、独インフィニオンテクノロジーズの工場が停止し、いまだに生産を再開していない。
そんな矢先に発生したルネサスの火災は、半導体不足に追い打ちをかけ、自動車生産に甚大な影響を及ぼす可能性がある点で「最悪のタイミング」(自動車大手幹部)といえた。
半導体ほど国際競争が激しく、優勝劣敗がはっきりしやすい業界はない。
米調査会社ICインサイツによると、売上高トップ5社のシェアは2008年に33%だったが、10年後には47%まで上昇。韓国サムスン電子や台湾積体電路製造(TSMC)などの勝ち組による寡占化が進む。こうした上位メーカーで工場火災のようなトラブルが起これば、世界全体が影響を受けやすい。
一方で半導体メーカーにとって、自動車向けはスマホ向けやデータセンター向けより収益性が低く、後回しになりがちだ。自動車向けはメーカーや車種に合わせて作り込むため、使用量が少ない傾向にある。安全性が重視されるため、問題点を潰し終えた一世代前の技術を使うことも多い。
日本の自動車メーカーにとって、協力関係がある程度確立されているルネサスはともかく、相手が海外半導体大手だと増産要請をすげなく断られる可能性すらあるのが実情だ。
自動車では今後、電動化や自動運転の実用化で半導体使用量がさらに増える見通し。ホンダの倉石誠司副社長は部品調達に関し「在庫の持ち方を含め、見直しが必要か検討している」と明かす。
米中貿易摩擦に続いて半導体の存在がクローズアップされる中、各国政府は経済安全保障の観点から調達確保や自国産業保護に動き出した。
バイデン米大統領は2月24日、半導体を含む4品目について100日以内に調達網の問題点を再点検する大統領令に署名。「米国を二度と品不足に直面させない」と強調した。
米国は売上高ベースでは世界の半導体シェアの約5割を握るが、工場を持たない企業が多く、生産能力べースだと10%強しかない。バイデン氏は中国を念頭に「価値観を共有できない国に調達を依存すべきではない」とも訴える。
米国との対決姿勢を強める中国も、15年に策定した産業政策「中国製造2025」で25年の半導体自給率70%達成を目標に掲げ、巨額の投資を続ける。欧州連合(EU)は3月9日、域内生産する半導体の世界シェアを30年に2割に増やす目標を新たに発表した。
日本でも経済産業省が3月24日、官民で供給網の強化を含む半導体・デジタル産業の戦略を議論する官民の検討会を立ち上げた。(【「国家の命運握る」】経産省会合、半導体産業強化へ総力支援)
1988年に半分超あった世界の半導体産業における日本のシェアは、2019年には10%まで低下。シリコンウエハーなどの素材や製造装置では高い競争力を死守しているが、半導体で売り上げ10位以内に入っている日本企業は皆無だ。梶山弘志経済産業相は「日本だけが取り残されることがあってはならない」と危機感をあらわにする。
ただ、財政が悪化する中での資金支援には限界があるほか、これまでシェア低下を食い止められなかった事実を踏まえ、政府支援に期待する業界関係者は少ない。検討会は5月ごろに方向性を示す方針だが、内容だけでなく政府の実行力も問われている。
自動車生産、165万台減の試算も
ルネサスの那珂工場で発生した火災の影響は、発生から10日以上が過ぎた現在もはっきりしていない。ただ、同社は自動車の走行を制御するマイコンの世界最大手だけに、顧客の自動車メーカーは一定の減産を余儀なくされる可能性が高く、日本経済への悪影響も避けられない見通しだ。
ルネサスによると、火災以前から半導体が不足していた影響で、製造中の仕掛品を含む在庫は一カ月分しかないという。しかも火災が起きたN3棟は、先端品である直径300ミリシリコンウエハーに対応した生産ラインがある同社で唯一の建物。製品の3分の1は、他工場での代替生産や外部への生産委託ができない。製造装置を新たに発注するにしても、半導体不足の中で早期に調達するのは困難な状況だ。
N3棟の月商は170億円規模で、全社売上高の3割弱を占めるという。販売機会のロスに、1台数十億円といわれる焼損した製造装置17台などの損害と合わせると、同社が失うものは少なくない。
ルネサスは、2月に同業の英ダイアログ・セミコンダクターを6000億円超で買収すると発表したばかり。柴田氏は「(買収方針に)現時点で変更はない」と話すが、撤回に追い込まれる可能性もある。
自動車生産への影響も避けられない見通しだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、2021年度上半期の国内自動車大手の減産規模が165万台に上ると試算する。内訳はトヨタ自動車が65万台、ホンダが29万台、日産自動車が27万台。ある自動車大手は「在庫が切れ始める4月以降に生産への影響が出てくるだろう」と身構える。
自動車産業は裾野が広い上、国の基幹産業でもあるだけに、日本経済への影響も懸念される。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは、今年4~6月期の国内総生産(GDP)成長率が年率換算で7・30%押し下げられると試算している。(井田通人)