喉元に匕首を突きつけられた日本政府
5月26日、東京五輪関係で3つの記事が目を引いた。
1つ目は、アメリカ国務省が5月24日付で、日本への渡航勧告を最高レベルの「渡航中止(Do Not Travel)」に引き上げた。にもかかわらず、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は、「選手たちの安全な参加を確信している」という声明を発表。日本政府も「問題ない」と強気な発言をした。
2つ目は、英BBC放送の電子版が、米国による日本への渡航中止勧告が「ガイアツ(外圧)」となって、東京五輪の中止につながるよう多くの日本人が願っているとの見方を伝えた。その一方で、USOPCが五輪出場に影響しないとの見解を示したことに「(開催に反対する日本人は)落胆しているようだ」と伝えた。
そして3つ目、野村総研が「東京五輪・パラリンピック開催を中止した場合、経済的な損失が1兆8000億円規模に上る」と試算したという記事が出た。だが、それ以上に重要なのが、試算を公表した専門家は、開催をきっかけに新型コロナウイルス感染症が再拡大して緊急事態宣言が発令されれば「経済損失の方が(効果より)大きくなる」と指摘、強行開催に警鐘を鳴らした点だ。
まるで、関係者が連携したかのような記事を、日本人はどのように受け止めているだろうか。
まず第1の記事は、さすがアメリカと呼ぶべき一手だ。これでアメリカは、五輪に参加しない場合の大義名分を掲げたのだ。国務省が「日本には行ってはいけない」と歯止めをかけた。五輪関係者は、それを無視している訳ではなく、あくまでも「安全な参加を確信している」のであって、「行く」とは言っていない。つまり、日本がだらしないから、アメリカとしては、「大人」の立場で筋を通した。ここまで言えば、「大切な選手の生命を守るために、五輪はしません」と言うのが先進国の常識だろうと、日本政府の喉元に匕首(あいくち)を突きつけたのだ。
それでもやるなら、アメリカは「行ってはいけない」と止めることが可能になる。このまま五輪開催を強行したら、アメリカが日本を嘲笑し、まともな国家ではないという扱いをしても、国際世論は支持するだろう。
そして、英国は彼ららしい皮肉で、日本政府の鈍感ぶりを嘲笑った。結局、自民党政権は「自分たちでは何も決められない」。僕らとは別の次元の国だよねと言わんばかりだ。
トドメが、野村総研だ。中止の損失を提示しながら、開催によって感染拡大したら「経済損失の方が(効果より)大きくなる」という指摘は、日本では数少ない「経済界の良識」を持つ立場として、「私たちは、警告しましたよ」とやんわりと政府を牽制(けんせい)したわけだ。
にもかかわらず、官邸も日本の五輪関係者も、口を揃えて「問題ない」と即答している。「あなたたちが、問題ありだね」と思われるのも当然だろう。
じわりじわりと野党議員や世論が、五輪反対の動きを見せ始め、広がってきている。最後は、世論(民意)が怒りを爆発させて、政権は「天の声を聞いて」中止を宣言する気なのだろうか。それとも、意地になって「日本は安全だという証」として、五輪を強行開催するのだろうか。
中止することこそ「おもてなし五輪」
昭和に入った頃から、日本は撤退が苦手だ。第二次世界大戦は、避けようとしながら引きずり込まれ、自分たちで終戦を決められず、沖縄で多くの民間人を犠牲にし、原爆を2発も落とされて、ボロボロになって終わった。それ以前の日露戦争では、戦争を長引かせず、本当は「引き分け」程度の戦況で、外交力で「勝ち」を手に入れている。
バブル崩壊前夜も、何度も撤退や損切りのチャンスがあったのに、ズルズルと引っ張った挙げ句、国の莫大な資産を失い、経済をどん底に落としてしまった。
好例が、住専(住宅専門金融会社)処理だ。経営怠慢を棚に上げて莫大な公的資金を投じ、破綻危機の金融機関を救ったことが、国会で大問題になった。それと同じ轍(てつ)を踏んだと問題視されるのを恐れて、その後の銀行・証券・生保の破綻危機に際して、政府は公的資金を投入するのを躊躇(ためら)い、傷を深く大きくした。
そして、コロナ禍と五輪問題でも、同じことを繰り返している。
なぜ、五輪を止められないのか。「一度やると言って準備したのに、撤退したら恥だ」と思っているのか。あるいは、「大損する」と怯(おび)えているのか。
しかし、「おもてなし五輪」と銘打って開催権を奪取したことを思い出そう。「選手の命の保証ができない」五輪は逆に、おもてなしとしては最低だ。中止することこそが、「おもてなし五輪」なのだ。
また、「大損する」かどうかは、われわれ次第でもある。この状態で、五輪を中止にしてIOC(国際オリンピック委員会)が違約金を払えと言い出したら、戦えばいいではないか。
既に海外メディアは、IOCの言動に厳しい批判をぶつけているし、「違約金や賠償金などもってのほか」と繰り返している。国際世論をバックに戦う、それこそが先進国の証ではないのだろうか。
世界各国は、日本が毅然(きぜん)とした姿勢を示さないことに呆れ返り、既に蔑(さげす)み始めている。
世界中から軽蔑される国になることが、いかほどの損失になるのか。それは、1兆や2兆円などという生やさしい数字ではないはずだ。
「東京五輪」なんて、とっとと損切りし、前に進む時だ。
【真山仁の穿った眼】はこれまで小説を通じて社会への提言を続けてきた真山仁さんが軽快な筆致でつづるコラムです。毎回さまざまな問題に斬り込み、今を生き抜くヒントを紹介します。アーカイブはこちら