田中秀臣の超経済学

G7主要テーマは五輪にあらず 「ガラパゴス報道」とコロナ後の経済対策

田中秀臣

欧州諸国は北アイルランド問題に関心

 英南西部コーンウォールでの先進7カ国首脳会議(G7サミット)が終了し、各国のメディアはポスト・コロナに向けての世界政治の課題をまとめて報道している。目玉はなんといってもトランプ政権からバイデン政権に代わり、「アメリカの帰還」とでもいうべきイメージを喧伝したことだろう。米国の同盟国との連携を打ち出すその姿勢を、海外マスコミも強く伝えていた。

 もちろん、この米国を中核とした政治的連携の宣伝は、対中国を意識したものだ。中国の一帯一路に対抗する国際的なインフラ投資や、米国などが財政出動を強調したのも、中国の経済回復に遅れまいとする意図だと思う。また、発展途上国へのワクチンの大量供給を表明したのも、中国やロシアの「ワクチン外交」への対応だろう。

 G7には政治的なショーの側面もある。ネットの時代になってよくわかるのは、G7についての取り上げ方や強調点が、各国のメディアで違うことだ。日本では、東京オリンピック・パラリンピックの開催に焦点をあてた報道が圧倒的だ。だが、開催国であるイギリスでは、ほとんど注目されていない。むしろ北アイルランドをめぐるイギリスとEUとの対立の方が話題だ。イギリスがEU離脱に際して約束した、北アイルランドでの物流規制の履行をめぐる問題である。

 G7の大半が欧州諸国なので、東京オリパラよりも格段に北アイルランド問題の方が重要なのは理解できる。東京オリンピック・パラリンピックの位置づけは、安全無事に開催されることで、新型コロナウィルスを世界が克服した象徴になるだろう、という「儀礼的」ともいえる扱いであった。

 日本のマスコミや識者の一部では、「オリパラが開催されれば、東京を中心とした感染拡大が深刻化する」と批判する人たちがいる。そのリスクが世界各国で問題になっており、G7でも重大視されるとした識者たちもいた。だが実情は、上記したように「アメリカの帰還」と対中国への政治・経済的メッセージだった。また「台湾海峡」問題の明示や、香港、ウィグル問題も重要視されていたことは特筆すべきだろう。

 日本のマスコミや一部識者たちのガラパゴスぶりは、作家の猪瀬直樹氏が以下のようにSNS上で言及していた。

 「菅首相がG7でオリパラ開催の確認をしたが、感染者数が英、米、独、仏より少ない日本が、やりませんと言ったら皆ひっくり返って驚くだろう。国内の風潮がいかにガラパゴスであるか、一色に染まってしまう空気に失望感を禁じ得ない。いずれにしろワクチンの年齢制限を早く撤廃してもらいたい」(猪瀬氏の公式ツイッターより)

 まさに同意としかいいようがない。それだけ今の東京オリンピック・パラリンピックをめぐる報道は、開催批判ありきに偏っている。

 もちろん、ワクチン接種の進展には問題はある。スタートが遅れている分、その接種拡大のスピードが課題だ。だが、現時点(官邸14日公表分)で一回接種した人は、総人口比で14%にまで拡大している。批判の声が大きかったひと月前は、約5%台だったので急拡大中である。

 自治体からの報告が遅れて集計され、土日もまとめて報告されているので正確なところは不明だが、それでも連日の接種報告数はここ数日、単純割で100万回に到達している。この状態が1、2週間続くようならば(難しくいうなら定常的に維持されるならば)、政府の目標である一日の接種回数100万回はクリアしたことになる。

 この拡大スピードが衰えないならば、7月終わりには総人口比で40%近くになるだろう。先進国の多くがこの水準に、接種の本格化から3~5カ月で到達しているので、4月初頭から本格化した日本はそれほど目立った遅れがないことになる。むしろ欧米に比して、日本は感染拡大の「対策に成功している」(WHOのテドロス事務局長)という評価が、国際的には一般的だろう。その中で、新型コロナ危機の終焉にむけての決定打ともいえるワクチン接種の進展もこのままのスピードでいけば、日本社会の復活に国内外で期待がもたれる。もちろん先の猪瀬氏が指摘しているような、柔軟な接種対象の拡大も今後はより必要になっていく。ワクチン接種に不安を抱える人たちへの政府の丁寧な広報も必要だろう。

ワクチンは「経済政策」だ

 ワクチン接種の遅れが、日本経済の経済成長率を抑制してしまい、先進国の中でもさえないパフォーマンスになる、というエコノミストの永濱利廣氏(第一生命研究所)の指摘がある。永濱氏の鋭い指摘はいつも参考になり、今回もワクチン接種が事実上の「経済対策」の役目を担っているという点では、筆者も同意する見方だ。ただ、いま簡単に展望した通り、あくまで今の接種スピードが今後1、2カ月維持されれば、ワクチン接種の遅れからの経済後退リスクは確率が低いように思える。むしろ問題なのは、現状の経済の落ち込みに対する政府や日本銀行の経済対策の不足だろう。

 現在、実施されている緊急事態宣言による経済の落ち込みは、さまざまな推計が出されている。2021年4~6月期はマイナス成長で、前期から経済の落ち込みはさらに拡大して、需給ギャップ(要するにお金の不足)は年換算で最大で30~40兆円になるのではないか、と予想される。現時点で、今年度予算の予備費が4兆円、そして昨年からの補正予算などのコロナ対策費が約20兆円以上(無利子無担保の貸付や劣後ローンなどの予算は抜かす)余っている。

 需給ギャップはあくまでも年換算なので、いきなり目前で30~40兆円経済が落ち込むわけではない。予備費を含めた財政の残りもゆっくり出ていく。ただし、どう考えても経済全体のお金の不足は深刻である。特にワクチン接種が進むと、コロナ禍に由来する不確実性は低下していくだろう。そうなると、人々のコロナ禍による将来不安も緩む。将来不安が強いと、多くの人は消費や投資よりも貯蓄や手元に流動性を確保してしまう。その状況が、ワクチン接種の進展で根本的に変わる可能性があるのだ。その意味でもワクチン接種は決定的な「経済政策」ともなっている。この状況では、まさに景気刺激政策の出番になるのだ。

 だが現時点で、景気を強く促す政策は、財政面ではGoTo関係が2兆円足らず、公共投資が3兆円ほどあるぐらいだ。どう考えても補正予算を早急に立てなければ、日本経済はこのままでは秋以降、いまよりもさらに深刻な危機に陥るだろう。

 日銀も相変わらず、インフレ目標と連動するような金利に関するフォワードガイダンスを採用することをせずに、現状の物価の動向を指をくわえて見ているだけである。財政・金融政策ともに緊張感が不足しているといえるだろう。補正予算は、総選挙がからんでいる。いずれにせよ、まもなく補正予算の方向性と規模感は打ち出さないといけない。方針は、ポスト・コロナを見据えた本格的な景気刺激政策の採用であり、その主軸は公共投資や減税政策だろう。規模は30兆円ほどがベストに近い。

 また日銀は、片岡剛士・政策委員会審議委員が常に言っている(以前は類似した意見を原田泰前委員も主張していた)ように「政策金利のフォワードガイダンスを、物価目標と関連付けたもの」に変更する必要がある。現時点では、日銀の政策金利コントロールは、単に経済状況まかせの悪しき「受動政策」に等しい。財政と金融が各々積極的に動き、景気を改善し、インフレ目標を達成することは十分に可能である。

田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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