田中秀臣の超経済学

「政府と日銀の連合軍」でコロナ経済対策…苦境の業界や低所得層に対応を

田中秀臣

 安倍晋三前首相が、北海道苫小牧での講演会で、「自民党に厳しい風が吹いている」と現在の国民からの批判の高まりに危機感を表明した。さらに、その厳しい風当たりに対して「政府と日本銀行の連合軍」で立ち向かうべきだとも主張した。第2次政権での在任中、すべての国政選挙で勝利しただけあり、政治的な目配りは鋭い。特に「政府と日本銀行の連合軍で思い切った対策を打てる状況にある」とした点は重要だ。

 どんな「状況」だろうか。それは政府が大胆な補正予算を組むことが可能であるし、それを支援する日銀の超金融緩和が実現可能だからだ。政府は補正予算の財源を長期国債を中心にして調達することができる。なぜなら日銀は国債の買いオペを強力に行うことをいままでも表明しているからだ。この政府の補正予算と日銀の金融緩和の「連合軍」は、もちろん国民の生活を改善するのに大きな力になるだろう。

 東京都に緊急事態宣言が発令された。コロナ禍で通算4回目である。東京で暮らしていると、今年はずっと緊急事態宣言下で生活している感覚に襲われる。今回の緊急事態宣言の特徴は、東京オリンピックやお盆の期間中であること、そして飲食店での酒類の提供を一律停止させる方針だ。

 前者は国際オリンピック委員会(IOC)などとの協議で、東京などでの無観客開催が決まった。また後者は、かなり厳しい措置となる。海外でも公共の場所で飲酒を禁止する例はあるし、またレストランやパブの営業禁止より強いロックダウンがある。それでもワクチン接種が進み、また欧米に比較すれば感染状況が抑制されている日本で、今回の酒類提供の一律禁止は、あまりに厳しいという評価は理解できる。

 政府の分科会では、いままで飲食店でのお酒を伴った長時間の会話が、感染リスクをもたらすと「定性的」な説明を繰り返してきた。今回は、ある程度の定量的な分析を提示し、その感染リスクを示してはいる。だが、飲食店や取引関係にある業者が被る経済的・心理的な負担を考えると、説明不足であることは間違いない。また、経済的な支援策が決定的に欠如している。

 現在は、西村康稔経済再生担当相がコロナ特措法に基づく休業命令などに従わない飲食店に「金融機関を通じて働きかける」とした発言をめぐって、政権批判はかなり高まっている。日本経済新聞が「西村氏発言に金融機関困惑 飲食店への要請『無理ある』」と伝えるように、この西村担当相の提言はもともと「無理」があった。撤回して謝罪したのは当然だろう。ただし、飲食店への協力金の前払いなど迅速化・簡素化などの方針は維持し、拡充していくべきだ。

 そもそもコロナ禍での経済の落ち込みは、特定の業態と雇用形態に集中して生じている。それら特定部門の落ち込みがあまりにもひどく、経済全体の落ち込みも生みだしてる。株価の高値安定や、世界経済の回復を受けての製造業の改善だけを見ていてはダメだ。

 業態別でいえば、飲食・観光、雇用形態でいえば非正規雇用の人たち。低所得層の方々や地方経済の落ち込みも深刻だ。つまり、経済全体を見ているだけではなく個々の対応が必要だ。まさに細やかで、かつ大胆な経済対策が必要とされる。これを実現できるのは、冒頭での安倍前首相の発言通りに「政府と日銀の連合軍」しかない。

 ここでも政府・与党の動きは鈍い。自民党の下村博文政調会長は、低所得層を対象に10万円の給付金を支給する政策を提言した。一部では、それを次の総選挙の公約に入れると報じられている。下村氏の緊縮的ともいえる態度にはあきれるしかない。低所得層を住民税非課税世帯として、2800万人ほどだと推測できる。この方々に1人10万円を支給してもたかだか2兆8千億円である。現段階で約4兆円予備費が残っている。10万円の給付金を配ってもまだ1兆2千億円程度残る。医療体制の拡充、ワクチン接種のための予算などで使える分はまだ残る。

 つまり下村提案など、すぐに予備費で明日にでも実現するべきなのだ。予備費の使途で、立憲民主党などとの「約束」があるが、そんなものは国民の必要の前には意味はない。これだけでは当然不足だ。

 低所得層の生活支援のためには、コロナ禍とその影響が続く間、毎月1人5万円を持続的に支給するのが望ましい。これは消費を刺激するためではない。あくまで低所得層の生活を維持するためであり、消費でもローンの返済でも、あるいは(多額はできないだろうが)貯金でも使途はなんでもいい。財務省の緊縮主義は定額給付金の大半が貯蓄に回ったと批判するが、「生活支援」の意味がわかっていない。どんなおカネの使い方でもいいのだ。生活不安の解消のために利用すればいいだけである。

 仮に2800万人に半年間、毎月5万円を配るとすれば、8兆4千億円。大した金額ではない。先の10万円支給は予備費ですぐに支給するので、もちろんこれは補正予算に計上する。合わせると1人当たり40万円を生活支援の給付金として配る。こう書くと「国民を励ますためにみんなに配る」「国民への謝罪に全員に配る」という人たちが出てくるが論外である。当たり前だが、生活に困っている人が最優先だ。

 ワクチン接種の進行とともにコロナ禍の終わりが見えてくるだろう。不確実性が低くなると、景気刺激政策が有効になる。昨年度の補正予算で計上されたGoToキャンペーンの再開や公共事業などが効果を発揮しやすくなる。

 ただし、予算をさらに拡充するべきだ。公共事業は防災や教育設備のインフラ投資などが中心になる。国ベースの公共事業だけではなく、今、予算が底をついている地方自治体への措置が必要だ。地方ベースの公共事業の原資など5兆円を計上したらどうか。

 消費減税もするべきだ。消費回復にこれほど効果があるものはない。多くの政治家や識者が一時的な消費税減税を主張しているが、これも本来なら恒久的な減税の方が効果がある。一時的か恒久的かで議論はあるだろう。一時的なら5%引き下げで10兆円程度の予算、恒久的なら2%引き下げで4兆円程度だろう。

 さらに飲食や観光を中心に昨年度の営業損失を補償する。そのときの基準は、現状のような前年比5割の売り上げ減という「高すぎてバカらしい」ハードルは撤廃すべきだ。理想は損失全額補助だ。予算は10兆円。ここまでで(恒久的消費減税として)だいたい27兆4千億円程度。これに雇用調整助成金や求職者支援金の拡充に2兆円程度を計上しても約30兆円の真水政策である。予備費も計上しておくことを忘れるべきでない。

 これらに加えて、日銀はインフレ目標を3%に引き上げるべきだ。また長期国債の買い入れ中心に、現状のイールドカーブコントロールに過度に傾斜した政策を変更すべきだ。最近の黒田東彦総裁はかなり金融緩和に怠けているというのが率直な評価である。

 やるべき政策はまだまだある。政府と日銀の連合軍こそがいま決定的に求められている。

田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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