トヨタの勇気に喝采したい
さまざまな風が吹き荒れる中、いよいよ東京五輪が開幕した。未来で、この五輪にどんな評価が下されるのかは不明だが、「歴史的な五輪」として語り継がれるのは、間違いないだろう。
そんな中、五輪直前に、スポンサーとして最高位の「ワールドワイドオリンピックパートナー」を務めるトヨタが、日本国内で予定していた五輪関連のテレビCMの放送を取りやめると発表した。さらに、豊田章男社長ら関係者の開会式などへの出席も見送るらしい。
抗議の声もあるそうだが、私はその勇気に喝采したい。
「ワールワイドパートナー」は、世界に14社しかない。一部報道によれば、パートナーとしての契約金は、1年間で、約100億円とも約200億円とも言われており、トヨタは、2024年のパリ五輪まで契約している。契約期間中は、全世界で五輪のロゴを活用するなどのマーケティング活動が可能だ。
にもかかわらずトヨタは、本番期間という大きなPRのチャンスを「自粛」するのだ。契約を解除するわけではないが、その損失は計り知れないのではないかと、驚きが広がった。
「自粛」の理由について、トヨタは説明していないが、世界的に歓迎されていない状況下での五輪開催を、「いろいろなことが理解されていない五輪になりつつある」という微妙な言い回しで表現した。
この「英断」は、本当に損失なのだろうか。
私は、そうは思わない。逆に「天晴れ、トヨタは、さすがグローバル企業!!」と称賛される気がする。
日本国内では、五輪開催に対して断固として反対している国民は意外に少ない。
どちらかというと、無関心か、「歓迎したいけど、さすがに、この状況では難しい」程度に考えている人が大半だろう。
だが、外国メディアは、猛烈な批判(非難)を続けている。
開幕前の現時点で、すでに「いくら叩いても、誰も文句はいわない」レベルに達している。
「ここまで強引かつ無責任に国民の意を無視する理由は、何なのか」と厳しく批判すると同時に、「なぜ、日本国民は怒らないのか」と驚きもしている。
こうした報道を踏まえれば、世界でビジネス展開をしているトヨタにとっては、無視できない状況だと判断したのだろう。
自発的に行動を律するという選択
そして、最後の引き金となったのが、五輪開会式で楽曲制作の一部を担当していた人物の過去の「障害のある同級生へのいじめ」発覚だったに違いない。弱者に対するいじめを嬉々として告白した人物を、開会式の楽曲担当にしただけではなく、発覚してもそのまま曲を使おうとしているような大会をサポートしたというイメージなんて、持たれたくない。
多様性やユニバーサル精神を大切にすることは、今や企業にとって「至極当然」な時代だ。そんな国際社会の常識感覚を持てていないような大会に関わってはいけない。
だから、誰かに指摘されるのではなく、自発的に行動を律するという選択をしたのだろう。
日本の自動車産業は、世界市場において、常に神経質なまでに評判やイメージを気にしてきた。時に言いがかりのような批判を受けても、全て穏便に対処し、誠意を尽くすことで、自社のブランドを守ってきたのだ。
だからこそ、こうした英断が下せたのだろう。
トヨタからしたら、「当たり前の判断」だったかも知れない。
しかし、このところの日本では、「当たり前」なことが行われない状況が続いているだけに、トヨタの行為が輝いて見えたのだ。
これで、世界で事業展開している日本企業が自粛モードに続くのではと思っていたら、パナソニックなど複数のスポンサー企業の社長も、開会式に列席しないと発表した。
それに引き換え、国民の怒りも嘆きも無視し、「五輪開催は絶対!」と突き進む日本政府。どちらが、日本の真の姿なのか。
考えることすら戦(おのの)いてしまう祭典が始まった。
【真山仁の穿った眼】はこれまで小説を通じて社会への提言を続けてきた真山仁さんが軽快な筆致でつづるコラムです。毎回さまざまな問題に斬り込み、今を生き抜くヒントを紹介します。アーカイブはこちらから。真山仁さんのオウンドメディア「真山メディア-EAGLE's ANGLE, BEE's ANGLE-」も随時更新中です。
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